パラ・コラム — 2015年8月12日 at 10:05 PM

パラスポーツ海外事情 〜スイスパラプレジックセンター〜

体育館からノットウィルの町並みが見渡せる(撮影:越智貴雄)

体育館からノットウィルの町並みが見渡せる(撮影:越智貴雄)

ノットウィルを見渡す、最高峰の障がい者施設
―スポーツはサービスの一つ。目的は障がい者の質の高い自立―

 スイス・ノットウィルにある「スイスパラプレジックセンター(※1)」は民間施設でありながら、障がい者の自立を目的とし、障がい者であっても質の良い生活を送れるように長期間にわたるサポート体制が整っている施設です。当然、パラリンピック選手の発掘・育成、競技生活のバックアップなどにおいても一定の成果を上げています。どのような仕組みで成り立っている施設なのか、その運営方法とビションについてなど、センター職員であり、ミスターパラリンピックと呼ばれるほどパラリンピックにおいて数々の功績を残しているハインツ・フライ氏(※2)に伺いました。

(※1)「スイスパラプレジックセンター」は英語名称で、スイス語名称では「シュワイツ パラレギカット セントルン」。
(※2)ハインツ・フライ氏は、車いすマラソンの世界記録保持者。その他、自転車やクロスカントリーでもパラリンピックに出場。数多くのメダルを獲得している。一方、当センターの設立者、ドクターZACHの患者であったが、後にドクターの呼び掛けにより当センターの職員となり、現在、車いすの方を対象としたスポーツコーチなどを担当。一方で、政府のスイスパラレジックファウンデーションカウンシルのメンバーとして、今後のヴィジョンや目標などを検討し、スイス全土でPR活動を行う。

施設内にあるラウンジ。ご飯やカフェが楽しめる(越智貴雄)

施設内にあるラウンジ。ご飯やカフェが楽しめる(越智貴雄)

大事なことは、施設を出た後の生活

Q.「スイスパラプレジックセンター」の設立はいつになりますか。
A.1990年です。ドクターZACHによって設立されました。

Q.25年も前なんですね。当時、ドクターZACHはどのようなヴィジョンを持っていたのでしょうか。
A. 現在ドクターは80歳になりますが、当時、スイス国内に障がい者をサポートする環境がチューリッヒとバーゼルにしかなく、しかもこれらは国の施設でありながらとても満足できるものではないことを非常に残念に思っていたようです。そこでドクターは、できる限り障がい者のライフクオリティーを上げるための環境を整えたセンターを設立したのです。中でもドクターがこだわったのが、「ノットウィルの街が見渡せるセンターをつくりたい」というものでした。

施設内にある散策路(撮影:越智貴雄)

施設内にある散策路(撮影:越智貴雄)

Q. ノットウィルといえば、自然豊かな上に陸上や自転車などの国際大会が開催される環境が整っていますが、このような施設を今日まで維持するための、基本となるポリシーはなんだったのでしょうか
A.最大のポリシーは、「全患者と障がい者に対して、最高のライフクオリティーのチャンスを与えること」です。つまり、できるだけ自立の道、自立できるチャンスを与えてサポートする。ただ、自立という意味は個々の患者によって違います。例えば、麻痺患者さんであれば、自分でご飯を食べることや服の脱ぎ着さえも難しいかもしれない。どのような場合でも、その人の置かれた状況の中でできるだけベストを尽くして自立できる方向へチャンスを与え、サポートしていくことを目指しています。
 不幸にも事故に遭ってしまった人たちが、1日でも早く人生に目標を持って立ち直り、自分で歩いていけるような手段をこのセンターでは提供しているのです。つまり、ここは住居ではなく、一時のリハビリ施設だということになります。

Q.大事なことはセンターを出た後の生活である、ということですね。
A.そうです。一番の目標は、ここを出るときに最高の生活水準に到達していることなんです。ただし、普通の生活に戻った時にまったくのサポートなしで暮らせるかというと、そうとも言い切れません。障がいの度合いにもよるし、個々の患者さんの性格にもよりますから。

Q.資金面ではどうされているのでしょうか。国からの援助はないんですか?
A.国からの援助や支給品は一切ありません。すべて民間で運営しています。いくつかのスポンサーから寄付金をいただくことはありますが、一番大きな資金源は、スイス全土に約180万人いる会員からの会費です。会費は一人年間45フランです(※3)。
(※3)1スイスフラン=127.18円:2015年8月5日現在。

Q.大きな額ですね。
A.当初からドクターは、こういった施設を設立・運営するには多額の資金が必要だと分かっていました。ですから設立ヴィジョンを理解するメンバーを集め会費制にしたのですが、ドクターはメンバーから会費を集めるだけでなく、ギブアンドテイクでないといけないという考えを持っていました。つまり、会員たちが支払うお金の中に補償(保証)も含むというのが、ドクターのプランだったのです。だから、会員の方がもし事故に遭った場合、どんな事故であれ、どんな障がいであれ、一律20万フラン(約2500万円)を給付することにしました。使い方はもちろん自由です。
 また万が一、事故に遭われた場合は当センターで全面的にサポートをします。施設の利用はもちろんさまざまなサービスの利用も可能です。中にはとても健康になり、その後病院にかかることなく健康に暮らしている方も大勢います。これらのサポートは高齢になっても受けられますので、障がい者だけではなくご家族にとっても負担が減りますから、家族全員のクオリティの高い生活が保証されます。
 もちろん、会員であれば障がい者だけでなく健常者の方もセンターの施設やサービスを利用することができます。さらには会員以外の方でも、事故によって障がい者になられた方を受け入れています。ただし、先ほどの20万フランは支給されませんが……。

Q.会員でなくても利用できるのは心強いですが、ただ利用したら実費はかかりますよね。
A.実は、スイスは保険医加入すること自体が全国民の義務なんです。なので、会員でない方がこのセンターを使用する際は、加入した保険から施設利用費用が支払われます。会員の方には、事故に遭われた際にプラスαのお金(20万フラン)が支給されるという違いだけなんです。

治療だけでなく、多方面からサポートする

施設内には義肢屋もあり、義肢装具士も在勤(撮影:越智貴雄)

施設内には義肢屋もあり、義肢装具士も在勤(撮影:越智貴雄)

Q.現在のセンターでは、どれくらいの患者さんが利用され、何人の職員で対応しているのでしょうか。
A.入院患者数は140人で、1人1部屋です。毎年ほぼフル稼働の状況です。その他、通院治療患者もいますが、全員フィジカル治療で来院されます。また、スタッフはフルタイム勤務者が医者、看護婦、レストラン、技術職の全部門で1300人です。

Q.センター内の施設には、どのようなものがあるのでしょうか。
A.集中病棟、リハビリセンター、居住施設、それとインテグレイションプロフェッション(発展の為のセンター)があります。リハビリセンターにはスポーツできる場所だけでなく、義肢装具士が常駐しており、さらには車いすだけでなく車を改造する部門も設置しています。

施設内にある、自動車整備工場。どんな要望でもできるだけカスタマーの要望に応えようとする(撮影:越智貴雄)

施設内にある、自動車整備工場。どんな要望でもできるだけカスタマーの要望に応えようとする(撮影:越智貴雄)

Q.インテグレイションプロフェッションとはどのような所なのですか。
A.そもそも、スイス政府が目標にしていることの一つに「障がい者たちが健常者の(ような)生活に戻れるサポートをする」というものがあります。例えば、単にお金を支給するだけでなく、きちんと仕事に戻れるようにするということです。ですから当然、職業プログラムも提供しています。その他、障がい者が普通の生活や仕事に戻れるようにサポートをする施設や、文化施設、スポーツ施設、整体施設、車の運転指導をする施設、住宅内で階段や車椅子を快適に使用するために建築家がアドバイスをする部門などがここにはあります。

Q.「生活を支える」仕組みが多方面から考えられていますね。
A.他にも、移動手段を含めたリサーチもしています。障がい者の中には、車いすの人、目の不自由な人などいろいろな障がいをお持ちの方がいてその人に合ったサポートが必要です。例えば、障がい者がバス、あるいは電車に乗るといった場合に、目の不自由な人にはどのようなサポートがあればより良い生活が可能か、車いすの人はどうか、というような点も考えています。もちろん私たちのリサーチ研究は完璧ではありません。しかし、政府から当センターに対して、「どのような公共施設が必要か」という問い合わせはあるのも事実です。ただ現時点では、まだまだ日本でもスイスでも、障がい者が利用しやすい施設がある町もあれば、ない町もあります。今すぐには解決できなくても、もしかしたら次の世代の人たちがいろいろな面で問題・課題を解決してくれる可能性は大いにあります。そのためにもリサーチという活動は重要であり、続けていく必要があります。

世界のパラリンピック選手にオープンでありたい

Q.先ほど、 スイスにはチューリッヒとバーゼルにも同じような施設があると伺いましたが、どれくらいの規模なのでしょうか。
A.政府が運営・管理している2つの施設は、ここよりはるかに規模が小さく、うちの140室に対してどちらも40室程度です。

充実したトレーニング施設。奥の建物は高地トレーニング施設(撮影:越智貴雄)

充実したトレーニング施設。奥の建物は高地トレーニング施設(撮影:越智貴雄)

Q.その規模の差のせいでしょうか、当センターでは国内パラリンピック選手を大勢輩出されていると聞きました。
A.明確な人数は把握していませんが、多くのパラリンピック選手が利用しています。なぜなら、将来のパラリンピックに向けてとてもシンプルかつ基本的な取り組みをしているからです。例えば、新しくセンターを利用する人に対して、スポーツやパラリンピックについての話をします。もしくは彼らの質問に丁寧に答えます。ただ、あくまでも当センターにおいてのスポーツは、サービスの一環であり、メインではありません。大事なことは、まずは患者さんにとってスポーツをもっと身近に感じてもらうことなのです。

施設内にある本格的なトラック。GPシリーズなどの国際大会も開催されている(撮影:越智貴雄)

施設内にある本格的なトラック。GPシリーズなどの国際大会も開催されている(撮影:越智貴雄)

Q. 海外のパラリンピック選手も大勢受け入れているそうですね。
A.はい、当センターは世界に対してオープンでありたいと思っています。アスリートなら誰もが良い環境、良い組織を求めています。当然、パラリンピックまでの時間は充実したものでありたいでしょう。ここは、そういう選手たちの思いがすべて整っています。国籍にこだわらずすべての選手に対して、ノットウィルから世界へ羽ばたくチャンスを与えたいのです。
 選手だけではありません。コーチやトレーナーへの指導もしています。また、スポーツができる質のいい環境と、十分な宿泊施設が整っているために、スイスのナショナル大会もこのノットウィルで開催されます。
 このようにあらゆる環境が整っていますが、ただ問題があるとするならば、スイスの物価の高さでしょうか。

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Q. 昨年の大分車いすマラソンでは、男女ともスイス選手が優勝しました。男子のマルセル・フグ選手は5連覇を達成し、女子のマニュエラ・シャー選手は日本の土田選手との接戦に競り勝ちましたが、両選手ともこのセンターの利用者ですね。
A.はい、そうです。マルセルはスピナビフィナという先天的な病気(母胎での成長が足りなかった)によって、マニュエラは9歳の時に公園の高い木から落ちたことが原因で障がい者になり、二人とも子どものころからここでトレーニングをしています。

Q.マルセルは事故でなくて先天性の病気ですが、どういう経緯で来院したのでしょうか。
A.当センターでは、年に3~4回、1週間のジュニアキャンプを開催していますが、そのキャンプにマルセルが19際の時に参加したんです。その後、何度も参加するうちに陸上競技に興味を持ったようですが、元来スポーツが好きなマルセルが、選手になっていくのは自然の流れだったのだと思います。ご両親もマルセルが何かに夢中で取り組んでいるのを見るのは幸せだったようです。

スイミングプール(右)と施設(撮影:越智貴雄)

スイミングプール(右)と施設(撮影:越智貴雄)

Q.ジュニアキャンプ以外に参加できるイベントはありませんか。
A.スイスには車いすユーザー全員が所属するクラブが27ありますが、車いすユーザーであればそこが開催するイベントにも参加できます。

Q. ジュニアキャンプに参加した後、パラリンピック選手を目指したいと思ったらこの施設でトレーニングができますか。
A.障がい者にとって、これだけのサポート体制が整った上に本格的にトレーニングができる施設が、スイスには当センター以外にはないので、多くの選手がここでトレーニングします。

Q. その費用は誰が負担するのですか。
A.ジュニアであっても、選手は遠征費を含めて負担することがありません。先ほども言いましたが、スイスには保険制度が充実しているだけでなく、アスリートに対しては国や民間で支援する体制が整っているので、選手たちは安心してトレーニングに集中できます。

施設を案内してくれた、当職員でミスターパラリンピックでもあるハインツ・フライ氏(撮影:越智貴雄)

施設を案内してくれた、当職員でミスターパラリンピックでもあるハインツ・フライ氏(撮影:越智貴雄)

Q. 最後になりますが、今でも素晴らしいこの施設ですが、改善点などがあれば教えてください。
A.まずはこの施設の運営を決して止めない、続けることです。そのためにも受入体制を増やしていくことが急務ですが、現在の施設では手狭なために、建物を増築する、あるいは新築することなどを検討していきたいと思っています。それに伴う技術面においても、より一層の完璧を求めたいと考えています。

―― 長時間にわたって、貴重なお話をありがとうございました。日本も見習うべき点が多くあり、大変勉強になりました。

(取材・撮影:越智貴雄/通訳:スンミさん/取材協力:大分国際車いすマラソン通訳ボランティアcan-do/編集:棟石理実)