updated 06/07/20

一匹狼の素顔(前編)
雨の中、力走する廣道純=東京都町田市陸上競技場(撮影:越智貴雄)

 その生き様すべてが、「挑戦」に映る。
 2000年、シドニーパラリンピック車いす陸上800mで銀メダルを獲得しアスリートとしてのキャリアをスタートさせた廣道純は、以来、世界陸上や世界選手権で軒並み好成績を弾き出し、日本記録も更新してきた。400mからマラソンまで、取り組む種目は幅広い。

 アテネパラリンピックを目前に控えた2004年3月には、5年間所属したホンダ太陽から独立、プロの道を歩み始める。ただ、この転身は、「競技に専念する」という意味合いとは異なっていた。
「ホンダのときはサラリーマンですから、一日の半分は勤務し、残りの時間をトレーニングに充てていました。プロになって会社での仕事はなくなりましたが、その代わりスポンサーを獲得するためにプレゼンを行なったりそのための資料作成をしたりと、自営業としてやるべきことは増えた。だから肩書きが変わっただけで、競技に向かう姿勢も練習時間も、僕のなかでは以前と何ら変わってないんですよ」

 自身を「欲張り」と評して憚らない。レースで収入を得ることはもちろん、練習の合間を縫って講演会に足を運び、あるいはスポンサー先に出向く。トレーニングにコーチを付けることはなく、スケジュール管理も含めて自分でやらなければ気が済まない。「一匹狼」と周囲から言われる所以である。

 競技の傍らで実務にも励む背景には、確たるモチベーションが潜んでいた。廣道は言う。
「野球やサッカーのように、プロとしてきちんと稼げる、生計を立てられる世界を車いすの陸上でもつくりたいんですよ。いまはまだ健常者のスポーツと較べて競技人口が少ないから、スポンサーも付きにくい。でもこの競技があることによって救われたひとたちが世の中にはたくさんいて、今後、障害を負ったひとを救う可能性だって絶対にある。そう考えたときに、ひとりでも多くのひとたちに知ってもらいたい、そしてこんな楽しい生き方がある事実を伝えたいんです。僕がまさにそうですから」

 高校1年のとき、廣道はバイク事故を起こし脊髄を損傷した。しかし生来のポジティブ思考も手伝って、「ほんま落ち込まんかったんですよ」と笑い飛ばす。関西弁で「やんちゃ」を表す、いわゆる"ごんたくれ"だった彼はむしろ、事故によって「再生」したと捉えている節がある。

 思春期の少年の日々は荒れ放題だった。14歳で反抗期を迎えると、バイトに明け暮れ、稼いだ金で夜な夜な遊び歩いた。父が出勤したあとに帰宅し、その足で学校へ向かう。授業はろくに聞かず、終業のチャイムを合図に寝起きの目をこすりながらバイトに戻る。ひとつ違いの兄から、「おまえは人間のクズだ」と吐き棄てられるような生活では、親と顔をあわせることもほとんどなかった。

 そんな折、事故に遭った。搬送先の病院のベッドで、久しぶりに両親と向き合う。やつれた表情が自分のせいであることに、放蕩息子がすぐに気付くはずもなかった。だがそのとき父が口にした台詞が、少年の荒んだ気持ちを一瞬にして浄化する。
「俺の足が失くなってお前が歩けるようになるなら、俺が代わってやりたい」

 意外だった。勘当も同然で家族からひとり、はみ出していた自分を、親父とお袋はただひたすら護(まも)ろうとしている。自分は親を見ようとしていなかったが、親は自分を見守ってくれていた。
 オレはそこまで親を追い詰めているんか――とうに見放されていると決め付け堕ちてゆく自我を家族の絆に救い出され、"ごんたくれ"は再生を誓った。

 退院してから、廣道は神戸の職業訓練校で一年を過ごす。その後、車いす陸上を知り、「スポーツをやりたいなら収入の安定したサラリーマンのほうがいい」という知人のアドバイスもあって転身、仕事と競技の両輪はこうして回り始めた。

 ホンダ太陽での5年間は、廣道にとって意義深い。初めて巣を移した大分は、「車いすマラソン発祥の地」という名に違わず競技に対する理解度が高く、アスリートとして活動するには最適な場所だった。周囲の理解と廣道自身の前向きな姿勢で、人間関係も広く築いた。

 だが有難みを享受する一方で、サラリーマンアスリートとしての限界、すなわち組織のなかで自分のできる、あるいはやりたいことの限界も感じるようになる。「勝つためのトレーニングから自分のマネジメント、依頼講演、業界の底上げに至るまで、すべての力を車いす陸上に注ぎたい」9月に控えるアテネパラリンピックをまえにして、廣道は強い思いを胸にプロとしてひとり立ちした。しかしその後、2大会連続のメダルを期して臨んだ本番で、思わぬ落とし穴がプロ一年生を待ち受けていたのである。 

≪後編へ続く≫

【文・隈元大吾


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