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"ラッキーガール"の正体(後編)
結果も過程においても不完全燃焼のまま初めての世界大会を終えた佐藤は帰国後、つぎの北京パラリンピックを見据え、気持ちを新たにする。「まずは腰を据えて練習を積み、もう一度世界の舞台へ行こう。世界の頂点を目指す以上、誤魔化しの練習を続けていたら絶対に後悔する」彼女はまず、自身の練習環境を見直した。会社にもアスリートとして高みを目指す強い意志が伝わったのだろう、理解と協力を得ることに成功し、以前にも増してトレーニングの時間を確保できるようになった。 「いち社員として入社した私にとって、いまの環境は非常に恵まれていると思います。会社からは、競技も仕事の一部として捉えてもらっている。ただプロのアスリートとして契約しているわけではないので、仕事と競技との線引きがおざなりにならないようスケジュール管理には気をつけています」 昨年5月には、イギリスで初めて開催された「2005パラリンピックワールドカップ」に出場し、4m14を跳んで自己ベストを更新、前年の鬱憤を見事に晴らした。また今年に入ってからは、幅跳びのベースとして重視している100mでも15秒59の日本新記録をマークした。アテネで味わった複雑な口惜しさをバネに、彼女は着実に進化を遂げている。 しかしどんなに記録を伸ばし表彰台に立とうとも、その表情に満足はない。「4年間では時間が足りない」と、あくまでも貪欲だ。なぜなら佐藤はいま、並々ならぬ思いをもって、競技と向き合っているからである。 「窮めてみたいんです」佐藤は言葉に力を込める。 初めて「世界」を肌で感じたあの夏の日から、2年余りが過ぎた。すなわち、胸に期する大舞台までは、あと2年も残されていない。彼女はいま、北京に何を思うのか。 「まだ出場が保障されているわけではないので、現時点で夢や目標を軽々しくは言えないけど……でも自分に限界はつくりたくない。記録では上を目指したいし、もちろんメダルも欲しい。アテネのときは『遠いなあ』と感じていた世界が、いまは近づいて現実的な目標になっている。残りの時間でどれだけ追いつけるのか、自分でもワクワクしています」 そして、彼女は言い添える。「殻を破ってから私の心が変わったのだ」と。 急展開でパラリンピックに出場したことだけが、ラッキーたる所以ではない。大切にすべきは何か気付き、「世界」という目指す宛てを見定めたこともまた、幸運の真実である。アテネで踏み切りラインを跳んだ佐藤真海はこの先、どこまで飛距離を延ばし、どこに着地するのか。"ラッキーガール"の真の跳躍から、目が離せない。 【文・隈元大吾】
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