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競技初日の11日、日本は前回のソルトレーク大会3位のスウェーデンに5対1と大差をつけて勝利した。
遠藤はこの試合、3点リードで迎えた最終ピリオドで、勝利を決定づける5点目をあげた。ディフェンダー(DF)として、スウェーデンの堅実な動きをひとつずつ丁寧にマークしながら決めた、会心のシュートだった。対戦相手で、かつて日本人選手を指導してくれたことのあるスウェーデンのベテラン、ヤン・エドボムは、遠藤を高く評価する。「彼はとてもいい。動きが早く、アタックとカバーが上手い。世界のベストプレーヤーになるだろう」
遠藤にとって、トリノは2度目のパラリンピックだ。前回のソルトレーク大会は、フォワード(FW)として出場。世界最速と言われるスピードを活かして、リンクを縦横無尽に駆け回った。決して大げさな表現ではなく、同じリンクにいる他の選手の動きがスローモーションに見えるほど、速かった。自分で出したパックを自分で拾って持ち込み、シュートする。そんな派手な動きに観客の視線は釘付けになり、「日本のエース」「世界最速」などと形容されて新聞紙面を飾った。「このときは、自分が目立つことしか考えてなかった。周りから一目置かれるようになって正直、自分でも"俺もなかなかやるな"って思いましたね」と、笑いながら当時を振り返る。
その後、ポジションを変更したわけであるが、なぜ最前線のポジションではないディフェンスを選んだのか。その理由を遠藤は「もっといい使われ方をされたいと思っていたから」と説明する。「自分が後ろに下がれば、視野が広くなってまわりの動きがよくわかる。進むべきラインがよく見えるし、自分が攻撃の起点になれればいいなと思ったんです」
トリノに向けて決断した遠藤を、中北監督も見守った。練習では、時に「お前が一人で持ってくところなんて、誰も期待してねぇんだよ!」とカミナリを落とし、アイスホッケー経験者でディフェンス出身のウエノアシスタントコーチからも、本場仕込みの動きを徹底的に学ばせた。そして「チームとしての勝ち方」を学んでゆく遠藤に、心技ともにチームの柱となることを期待し、キャプテンマークを与え、遠藤もまたそれに応えた。
20歳でスレッジを始める前は、中学校からずっと吹奏楽をしていた遠藤。むしろスポーツは"嫌い"なほうで、部長になることも"極力避けて"きた。体育会系のノリも、実はいまだによくわからないという。だが、ここトリノのリンクで、遠藤は誰よりも大きな声を出し、チームをまとめている。
試合後、ミックスゾーンに殺到する日本のメディアの前に姿を現した遠藤の表情は、喜びと自信に満ち溢れていた。この日、ハットトリックを決めた上原大祐との息がぴったりだったことについて聞かれると、「大祐が取ってくれてよかった。守備はもう任せてって感じです」と言いきった。
「世界最速のディフェンダー」「チームを支えるキャプテン」――。新たに増えた形容詞の数だけ成長した遠藤の存在感は、トリノでより大きなものになるに違いない。
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