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じつは日系三世である。日本人の祖父母がカナダに移住し、そこで生まれたのが母だ。そして母とカナダ人の父とのあいだに、彼は生まれた。
「エキサイティングなレースでした。厳しい日程なので少し疲れましたが、よい結果が残せてとてもうれしいです」12日の距離5km、そして15日の同10kmでも金メダルを手にしたカナダのブライアン・マッキーバーは、屈託のない笑顔をまじえながら振り返った。思えば2002年のソルトレークシティ大会でもこの2種目で頂点に立っている。
かつてはオリンピックを目指していた。遺伝による先天性の視覚障害が発症したのは19歳のときである。突然の悲劇だが、しかしブライアンは「小さな問題」と一蹴する。
「幼い頃に目が見えなくなったのならまだしも、20年ちかく何事もなかったのだから僕はラッキーです。ドライブはできなくなったけれど、歩けるし、自転車にも乗れるし、買い物にもいける。バスに乗れば遠くにも行けます。僕は以前と変わってない」
戦う舞台も変わってはいない。障害者の大会に出る一方、トレーニングも兼ねて健常者のレースに彼は出場する。ただひとつ、視力を失ったのちの変化を挙げるならば、ガイドとともに走るという点だろう。ガイドスキーヤーを務めるのは、ブライアンの兄ロビンである。
ロビンは健常者のカナダ選手権に15年出場し、うち9回の優勝を飾った経歴を持つ。また1998年の長野オリンピックではカナダ代表にも選ばれた。
ブライアンはこの兄を尊敬して止まない。と同時に、自身の強さの秘密はロビンとともにあるという。
「僕と兄は、身長や体重、技術、走るリズムなどいろんな面で、とてもよく似ていて息が合う。また彼は誘導がうまいので、前にいてくれることが僕にとって心理的な強みになる。長く一緒に滑っているし、毎年25〜35試合ほどレースに出るので、数多くの経験がよい結果に繋がっていると思います」
ブライアンの今日まで残してきた結果は輝かしい。2001年の障害者W杯では、3つのメダルを首にかけた。以来、世界選手権やW杯などで幾度も表彰台に上っている。
「クロスカントリーは大変なスポーツだと言われますが、僕はそうは思わない」自身が取り組む競技について、彼は語った。
「たしかに日々のトレーニングはハードだし、精神的強さを必要とする。自然を相手にする競技なので、同じときが二度となく難しい。でもトレーニングでよいチャレンジをして一日を終えると気分がいい。苦しい時間もあるけど、スキーを愛しているからまったく苦になりません」
好きな種目はロングだという。「スプリントも得意ですが、ナーバスな競技。距離が短いぶん、ひとつでもミスを犯せばそこで試合は終ってしまう。パーフェクトにこなさなければならないわけです。それにくらべ、ロングはストレスが少ない。30kmや50kmのレース、またスウェーデンには90km走る大会もありますが、距離が長ければ長いほど好きですね。リラックスしながら、且つ最後によいタイムでゴールするために正確にラップを刻み、スピードをコントロールし、おなじリズムを保つことに集中する。そういった要素が僕にとっては心地いい」
今回のトリノパラリンピックではクロスカントリー2種目の金メダルにくわえ、バイアスロン7.5kmでも銅メダルを獲得した。長距離種目を好み、とくにクロスカントリーでは突出した強さを見せるブライアンの、今後最大の目標は何なのだろうか。
「いま最大の目標は、4年後のバンクーバーです。オリンピックとパラリンピックの両方に出場したい。できると思います」
ただ彼には、そのまえにやらねばならないことがひとつある。
「まだ最終日にクロスカントリー20kmが残っています。調子はいい。最後のレースでもまた金メダルが獲れたらうれしいですね」
ソルトレークシティ大会では金メダルを2つ獲得したものの、この20kmだけは銀メダルに終っていた。4年前には獲れなかった三冠を、ブライアンは密かに狙っている。
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