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競技レポート

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渡辺勝、リオパラ逃した悔しさ糧にマラソン初優勝! 東京マラソン2017

トップでゴールし拳を突き上げる渡辺(撮影:越智貴雄)

トップでゴールし拳を突き上げる渡辺(撮影:越智貴雄)

 2月26日、「東京マラソン2017」が行なわれ、男子車いすエリートの部では、渡辺勝(TOPPAN)が1時間28分01秒で優勝した。渡辺自身にとってはマラソン初優勝、さらにマラソンの「グランドスラム」と言われる「アボット・ワールドマラソンメジャーズシリーズ」において、今シーズンでは日本人としてはじめての快挙となった。

序盤から積極的に先頭に出てレースを牽引した西田(右)(撮影:越智貴雄)

序盤から積極的に先頭に出てレースを牽引した西田(右)(撮影:越智貴雄)

「仕かけ所」無しの新コースに苦戦

 最後のカーブを曲がり、東京駅をバックにしてゴールへと向かう直線コースで、車いすランナーたちはこぞって余力を振り絞り、走り抜けた。デッドヒートの末に、トップでゴールテープを切ったのは、東京マラソンは2度目の挑戦だった渡辺だった。
「やった!」
 晴れ渡った青空に突き刺すように、渡辺は右の拳を突き上げ、喜びを爆発させた――。

 今年からコースが一部変更となった東京マラソン。昨年まで最大のポイントとなっていた終盤に続くアップダウンがなくなり、新コースはスタートから5キロほど続く下り坂を除けば、ほぼフラットな状態が続く。それは、意外にも「フラットだからこそ」車いすランナーたちを悩ませるコースでもあった。

 北京、ロンドン、リオと3大会連続でパラリンピックに出場し、フルマラソンの日本記録保持者でもあるベテランの洞ノ上浩太も、レース後「仕かけ所がなく、逆に難しかった」と新コースの感想を述べた。

 そんなコースの下で行なわれた今大会、序盤から積極的に先頭に出てレースを牽引したのが、西田宗城だった。「最初の下り坂で、できるだけ集団をばらしたい」と語っていた西田は、2キロを過ぎた頃、集団の後方から一気にスピードを上げて先頭に立った。

 その後は西田を中心に、ローテーションが繰り返され、先頭が頻繁に入れ替わりながら、互いにけん制するようなレースが続いた。

 レースが激しく動き始めたのは、13キロ以降だった。まずは13キロ地点で、現役大学生22歳の鈴木朋樹がスピードアップを図ろうとしたのか、いつもにはない早めのアタックで、やや集団から抜け出すかたちとなり、今レース初めての「飛び出し」を見せた。しかし、この時はすぐに集団に追いつかれてしまう。

 すると15キロ地点、今度はカーブを利用して後続を引き離しにかかったのが西田だった。しかし、西田が一人抜けることを許さなかったのは、リオデジャネイロパラリンピックの金メダリストで、優勝候補の筆頭にあげられていたマルセル・フグ(スイス)だ。第2集団を牽引するかのようにスピードアップし、西田を再び集団へと引き込んだ。時折、両手をレーサーから離して腕を伸ばすようなしぐさを見せるなど、「王者」には前日に来日したとは思えないほどの余裕が色濃く見えていた。

 さらに17キロでは、それまで集団の後方に潜んでいた洞ノ上が上り坂を利用して一気に先頭に立つと、そのまま集団を引き離し、独走態勢を築こうとした。しかし、これもまた長くは続かず、洞ノ上も抜け出すことはできなかった。

 しかし、こうしたアタックが繰り返されたことによって、1人、また1人とおくれを取り始め、スタート時に12人だった集団は、9人へと減少した。だが、選手たちにとってそれは、思いのほか集団を小さくできない「苦戦」のレースだった。

向かう石畳の直線コースで先頭に立つ渡辺(撮影:越智貴雄)

向かう石畳の直線コースで先頭に立つ渡辺(撮影:越智貴雄)

明暗を分けた終盤の「石畳」

 そんな中、レースに大きく影響を及ぼしたのは、終盤に待ち構えていた「石畳」だった。この石畳で、先頭に立った鈴木はここで余計な力を使ってしまったという。
「予想以上に石畳の距離が長くて、そこで体力を消耗してしまった。その後、ゴールまでの130メートルの直線は厳しいものがありました」
 洞ノ上もまた、この石畳に「やられた感」が大きかったという。

 一方、その石畳で結果的に余力を残したのが渡辺だった。実は、石畳に入る前のコーナーで、他の選手が勢いよく内側へと入っていこうとしているのを見て、渡辺は転倒を怖れ、やや躊躇してしまったという。そのために、いったんは集団の後方へと下がってしまったのだ。

 だが、前方を見ると、何人かの選手たちが飛び出しを図っている姿を確認し、「ここで後れ取るわけにはいかない」と、スピードアップし、なんとか鈴木とフグに追いついた。そこからは2人の後ろを走ることによって、「少し休むことができた」という。それが、最後の130メートルの直線での勝負には大きかった。

 最後のコーナーを回り、ほぼ横一線での直線勝負。最後まで誰が勝つかわからないデッドヒートが繰り広げられた中、わずかにマルセルを交わし、トップでゴールテープを切ったのは、石畳で余力を残すことができた渡辺だった。

ゴール後、笑顔の渡辺(撮影:越智貴雄)

ゴール後、笑顔の渡辺(撮影:越智貴雄)

「メジャーマラソンで、1度でも日本人トップに上がること」を今シーズンの目標に据える渡辺にとって、今大会はその最初の挑戦の場でもあった。そのレースで、いきなり頂点に立ったのである。しかも、リオの金メダリストを抑えての勝利は、渡辺に大きな自信を与えたに違いない。

 だが、渡辺は今大会のレースに決して満足はしていない。
「初めて結果を狙いに行ってのマラソンで優勝できたことも、最後はスプリント力で勝てたことも、本当に嬉しい。ただ、今大会はあまり積極的に前には行かなかった。自分が行けるタイミングも何度かありながら、行かずに余力を残していた。そういうレースをすれば勝てることはわかりましたし、いいように言えば、結果にこだわるレースができたと言えるかもしれない。ただ、その反面、守りに入ったレースでもあったので、今度は自分から攻めてでも勝てるようにしたい」

 昨年は、リオデジャネイロパラリンピックに行くことができず、悔しい思いをした。しかし、それが今、渡辺にとって一番のモチベーションとなっているに違いない。2020年東京パラリンピックに向けて、最高のスタートを切った25歳の若きランナーの今後が楽しみだ。

(文・斎藤寿子)

左から2位のマルセル、優勝した渡辺、3位の鈴木

左から2位のマルセル、優勝した渡辺、3位の鈴木

車いす男子上位結果

1位 渡辺 勝(TOPPAN) 1時間28分01秒
2位 マルセル・フグ(スイス) 1時間28分01秒
3位 鈴木 朋樹(関東パラ陸上競技協会) 1時間28分02秒
4位 吉田 竜太(SUS) 1時間28分03秒
5位 ジョシュア・ジョージ(アメリカ ) 1時間28分03秒
6位 洞ノ上 浩太(ヤフー) 1時間28分03秒
7位 西田 宗城(バカラパシフィック) 1時間28分12秒
8位 山本 浩之(福岡) 1時間28分23秒

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