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競技レポート

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「存在感を示した代表デビューの秋田啓」車いすバスケ世界選手権予選

「よし、ここからだ」
 今大会の男子日本代表の最終戦、試合終了のブザーが鳴り響く中、心の中でそうつぶやいていた。
試合後、及川晋平ヘッドコーチ(HC)が語っていた通りだと思った。
「勝つか負けるかでは、全くの違いがある」。
 韓国戦での勝利は、2020年に向けたスタートには必須条件のような気がしていた。

感じたスコア以上の韓国との実力差

 10月23日に中国・北京で開幕をした「2017IWBFアジアオセアニアチャンピオンシップス」(AOZ)が、幕を閉じた。最終日となった28日、男子日本代表は3位決定戦に臨み、68ー54で韓国を破った。

 3Qまでは、まさに一進一退の攻防戦が続き、正直に言えば、韓国の予想以上の強さに驚いてもいた。しかし、その一方で、その後の展開が見えてもいた。そして、案の定だった。

 韓国は以前と戦い方が、ほとんど変わっていなかった。主力の5、6人の選手がほぼ40分間出場し続け、強度の高い試合では、最後にスタミナが切れ、動きが鈍くなってくる。だからこそ、4Qが勝負だということは、2015年のリオデジャネイロパラリンピックの最終予選として開催されたAOZで証明済みだった。

 予想通り4Qに入ると、韓国の動きは鈍くなり、日本のオールコートでのプレスディフェンスに対応しきれなくなっていった。

 一方、日本は香西宏昭、古澤拓也を中心に、得点を重ねた。3Qを終えた時点では44ー42と、スコア上は「互角の戦い」だったが、4Qに入ると、チーム力の差は歴然と現れた。リオ後、「Very Hard Work」を求めて過酷なトレーニングを積み、加えてチームの層が厚くなった日本は、大会最終日の4Qでも疲労の色はほとんど見えなかった。

「伸びしろ」という意味では、現在の日本と韓国には「68ー54」というスコア以上の差がある。そんな気がしてならなかった。

競争意識が生まれたチームの「魅力」

 9位に終わったリオデジャネイロパラリンピック。そこから、4年後の東京パラリンピックでのメダル獲得に向けて進み始めた男子日本代表。リオ後初の公式戦だった今大会は、その本格始動ともいえた。だからこそ、チームがどんなスタートを切るのか、その姿を見たいと、1年間ずっと心に思ってきた大会でもあった。

 そして、6月のイギリス遠征、8月31日~9月2日に東京体育館で行なわれた国際親善試合「三菱電機WORLD CHALLENGE CUP2017」(WCC)で見たチームには、大きな「期待」が膨らんだ。

 そのため、AOZでは「決勝に進出し、アジアオセアニアチャンピオンの座を争う」ことにフォーカスして、北京に乗り込んだ。実際、グループリーグ初戦から「格下」相手にも一切手を抜かないチームの姿に、「アジアオセアニアチャンピオン」になるにふさわしい、奢りなき「強さ」を感じていた。

 だからこそ、準決勝での敗退は想定外のことだった。もちろん、やってみなければわからないのが「勝負の世界」であることは、スポーツライターとして承知している。ふだんなら、どんな格下相手でも、頭の隅には必ず「予想外」を想定している。

 だが、今回に限ってはその「予想外」はいつのまにか頭から消去されていた。それ自体は反省しなければいけないのだが、逆に言えば、それほど期待を膨らましてしまう「魅力」が、今のチームにはある。見れば見るほど、知れば知るほど、「ワクワク感」が止まらないのだ。

 その要因のひとつには、これまでにはなかった「選手競争」がある。これまで常に代表に選ばれてきた選手も危機意識を持つほど、現在は誰一人として「安住の地」にいる選手はいないと言っても過言ではない。一度チャンスを逃せば、代表の座を奪われることもある。そんな厳しい競争意識の中でこそ生まれる「強さ」と「魅力」が、今の男子日本代表チームにはあるのだ。

飛躍した秋田啓の存在

 そんな中、台頭してきた選手の一人が秋田啓だ。秋田は、海外勢と比べて高さで劣る日本にとって待ちに待った人材。しかも、持ち点が3.5であるために、バラエティに富んだハイポインターとの組み合わせで起用することが可能であることもまた、彼の強みとなっている。

 秋田の武器は、何といっても高さを活かしたポストプレー。タイミングよくインサイドに入るセンス、ゴール下でのシュート技術が非常に高い。スピードやクイックネスには課題があり、1on1のシーンでは秋田の言葉を借りれば「チームの穴」になることも少なくないが、それを持ってしても余りあるものがある。

「日本代表」デビューを果たしたWCCでは、まだプレータイムは少なかったが、公式戦デビューとなった今大会では、コート上に立つ時間帯は多く、試合を重ねていくごとに、チームには不可欠な存在となっていく様子がうかがえた。

 実際、指揮官の中でも彼を起用する構想が膨らんでいることは、「秋田がこれだけ期待に応えたプレーをしてくれると、チームの幅を広げる意味でも非常に大きい」という言葉からも窺い知れる。

 初めて秋田を知ったのは、1年前の国際親善試合「北九州チャンピオンズカップ」だ。今年6月に行なわれたU23世界選手権に向けて、ジュニア世代で構成されたチームの中で、彼は助っ人役の「オーバーエイジ」4人の中の1人だった。

 確かに選手リストの中に「秋田啓」の名前があったことは覚えている。しかし、実際のプレーがどうだったかは、ほとんど記憶にないというのが正直なところだ。

 注目し始めたのは、今年6月、強化指定選手のイギリス遠征だった。ヨーロッパ予選を直前に控えたイギリスやドイツの海外勢との親善試合で見た彼のプレーは、一言で言えば「安定感」があった。どんな場面でも表情ひとつ変えず、常に淡々とこなしていく姿が強く印象に残った。また、高さもあり、同じ持ち点3.5プレーヤーの香西とは全く異なるタイプであることも、彼の魅力の一つに思えた。

イラン戦で強く意識した代表としての「自覚」

 今大会初めて代表としての公式戦を経験した秋田は、5試合中3試合で2ケタ得点をマークする活躍で、チームに大きく貢献。しっかりと自らの存在感を示した。

 しかし、本人はいたって冷静で「確かに手応えは感じましたが、それでもまだまだな部分しかないので、もっと貪欲にいきたい」と語る。

 WCCでは持ち点4.5でセンタープレーヤーの藤本怜央との組み合わせが多く、厳しいマークが藤本にいく分、ある程度楽にシュートを打つことができていた。しかし、今大会では同じ持ち点3.5でありながら、アウトサイドシューターという秋田とは異なるタイプの香西との組み合わせも少なくなかった。その場合、インサイドではただ一人のセンターである秋田に厳しいマークがつく。その際のタフショットをねじ込むだけの技術がまだ不足していることを痛感したという。

 インタビューで感じたのは、彼がすでに「日本代表としての自覚」があるということだ。チームの目標としていた優勝への道が閉ざされた準決勝のイラン戦で、秋田はこんなことを強く感じたという。

「こんなふうに海外にまで帯同してくれるスタッフがいて、応援に来てくれる人までいる。それだけのお金と時間を使って来てくれているわけですよね。そうした中で負け試合を見たいわけではないはずで、いいパフォーマンス、勝ち試合を見せられるようにしなければいけないと、強く感じました」

 1年前は、「憧れ」でしかなかった「日本代表」。その存在は「特別であるべき」と言う秋田。だからこそ、自らに厳しいことを求めなければいけないと考えている。

 とにもかくにも、楽しみな選手がまた一人増えた。今後、どんなプレーヤーへと成長していくのか、注目していきたい。

(文・斎藤寿子)

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