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パラリンピックの歴史

パラリンピックの歴史

それは、イギリスのストーク・マンデビル病院の脊髄損傷センターから始まった。第二次世界大戦中の1944年、ルードリッヒ・グッドマン卿は戦争で負傷した戦士たちに、さまざまなスポーツをレクリエーションとして実施したところ、同センターで治療を受けた人たちがケガをしてから6カ月で就職をし、スポーツの効果を実証したのだ。

その後、1948年ロンドンオリンピック開会式の日、同病院で車いすのアーチェリー大会を開催。参加者は16人。徐々にグッドマン卿のオリンピックの年に同じ会場で障がい者のスポーツ大会を開催するという願いは強くなった。1960年ローマオリンピック、1964年東京オリンピックでそれは実現するが、1968年メキシコ大会から同じ会場での開催は途絶え、再び開催できたのは1988年ソウル大会。同大会には世界61カ国、3,057人の障がいを持つ選手が出場した(聴覚障がい者と知的障がい者を除く)。

また、ソウル大会は「パラリンピック」という名称の正式使用を国際オリンピック委員会(IOC)に認められた大会でもあった。当時、まだ国際パラリンピック委員会(IPC)という組織はなく、IPCが発足するのは翌年1989年。発足後に、1960年のローマ大会を「第1回パラリンピック」とさかのぼって位置付け、以降の各大会にも「パラリンピック」と付けて呼んでいる。

ちなみに「パラリンピック」という名は「Paraplegia(対まひ者)」の「オリンピック」と解釈をして、1964年東京大会で生まれた愛称である。後に「Parallel(類似した、同様の)+Olympics(オリンピックス)」という解釈へと変化する。

2000年、シドニーパラリンピック期間中、IOCとIPCが「オリンピック開催国がパラリンピックも開催する」ことを義務付ける合意書を交わし、2008年北京大会以降、両大会は同じ組織委員会の運営となる。
つまり、今の運営形態になってからのパラリンピックの歴史は浅い。しかし、競技自体のレベルアップは目を見張るほど急速に高まりつつある。

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