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パラ・世界選手権大会

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東京で見たいロンドンを沸かせた山本篤の大ジャンプ ~世界パラ陸上観戦記2~

 18日(現地時間)、8時前にホテルを出ると、耳にしていたイヤホンが外れそうになるほど強い風が吹いていた。約2時間半後には、リオデジャネイロパラリンピック銀メダリスト山本篤(スズキ浜松AC)が出場する男子走り幅跳び(T42)が行なわれることを考えると、この風が競技にどう影響を及ぼすのかと気にかけながら地下鉄に乗り、「ロンドンスタジアム」へと向かった――。

勢いのついた助走を見せる山本(撮影:越智貴雄)

プラスの兆候だった「大ファウル」の真相

 スタジアムに到着し、メディアルームへと向かう前に、隣接しているサブトラックをのぞくと、運よく山本の姿が見えた。ひとり、ゆっくりとトラックの芝の上を歩く姿は、百戦錬磨のベテランの風格が漂っていた。集中力を高めながら、約2時間後に迫った「勝負の時」を待っているように見えた。

「WORLD Para Athletics CHAMPIONSHIPS LONDON 2017」(世界パラ陸上競技選手権ロンドン大会)競技5日目、現地時間10時半過ぎに男子走り幅跳び(T42)が始まった。前日に続き、この日も幼稚園や小学校から数多くの子どもたちがスタジアムを訪れ、スタンドは賑わっていた。

 その子どもたちの集団に押しのけられるようにして、私の前の席に移動してきたのは日の丸を持った日本人の団体だった。
「現地在住の方たちだろうか……」
 そう思って「こんにちは」と声をかけると、なんと日本から駆け付けた山本の家族やその友人の応援団だった。誰もが期待に胸を膨らませている様子が見てとれ、楽しそうな雰囲気が伝わってきた。

 相変わらずの強風の中、競技がスタートした。ライバルは2人。昨年リオの銅メダリストDaniel Wagner(デンマーク)と、同4位で6月に20歳になったばかりの成長著しいLeon Schaefer(ドイツ)。彼らとの三つ巴でのメダル争いが予想され、実際にその通りの展開となった。

 1本目、Wagnerが6m20のシーズンベストをマークすると、Schaeferも6m18を跳んだ。山本も1本目から6mジャンプでライバルたちにプレッシャーをかけたいところだった。ところが、山本は踏み切り板を思い切りオーバーし、ファウルとなった。これまでこれほど大きな踏み切りのミスは見たことがなく、何が起きたのか、しばらくの間のみこむことができなかったほどだった。

 しかし、山本自身に焦りはなかった。それはマイナスではなくプラスの兆候だったからだ。山本は前日の100m予選でシーズンベストをマークするほど、現地入り後、走りが良くなっていた。さらにこの日の風で、助走に勢いがついていたのだ。

 実は本番前の練習でも踏み切りが合っていなかったという。1本目はふだんではあり得ない逆足での踏み切りになってしまったほどだった。その後、2本目、3本目で調整は試みたものの、逆に足を合わせてしまっている感じがあったため、本番での1本目はまず、これまで通りに跳んだのだという。すると、自分でも驚くほど助走に勢いがあり、誰が見ても明らかなファウルとなった。これが事の真相だった。

6m44の跳躍で銀メダルを獲得した山本(撮影:越智貴雄)

悔しさは今後のモチベーションに

 その後、山本は助走の距離を調整し、2本目、3本目に6m25をマークした。一方、ライバルのWagnerは3本目に6m50を跳んでトップをキープ。そして、Schaeferは4本目に6m25をマークし、山本と並んでいた。

他選手を見ない山本(左)。助走は優勝したダニエル(撮影:越智貴雄)

 しかし、山本はその状況を一切知らなかった。それは5年前、このロンドンの地で経験した「失敗」から編み出した戦略だった。2012年ロンドンパラリンピックに出場した山本は、世界ランキング1位で臨んだものの、5m台にどどまり、5位に終わった。その時、山本はあることに気付いた。

「いつも他の選手の跳躍が気になって、特にライバルの選手についてはじっと見ていたんです。でも、それが自分に焦りを生み出していたのかもしれないなと。だから、ロンドン後は、もう他の選手のことは一切見ないことに決めたんです」

 この日も、山本は自らの跳躍を終えると、一人砂場に背を向けるようにして座っていた。Wagner、Schaeferの記録も一切見ることなく、山本はただただ自分の跳躍だけに集中力を高め続けた。

電光掲示板(撮影:越智貴雄)

 そして迎えた最後の跳躍、山本は空中に跳んだ後の着地までの「粘り」を意識したという。すると、この日最高の感触を得た。記録は、シーズンベストの6m44。
「よし、いった!」
 山本はそう思った。スタンドの子どもたちからも、大歓声と拍手が沸き起こった。

 だが、それは束の間の喜びだった。次の瞬間、初めて見る電光掲示板には、すでにWagnerが6m50をマークしていることが示されていたのだ。

電光掲示板を見た後、悔しがる山本(撮影:越智貴雄)

 リオと同じ銀メダルに、山本は「悔しいの一語に尽きる」と語った。だが、これで彼が終わるはずはない。
「負けたことでモチベーションが上がりましたよね。まだまだ自分にはやらなければいけないことはたくさんあるなと。3年後にピークをもっていけるように、これからも練習を積んでいきたいと思います」

 山本のジャンプに興奮する様子を見せていたロンドンの子どもたちを目の前に、思わず大歓声がこだまする2020年東京パラリンピックを想像し、鳥肌が立った。数年前、私が初めて山本のジャンプを見た時の衝撃を多くの人が味わう日が待ち遠しい。

<山本篤(やまもと・あつし)>

1982年、静岡県生まれ。小学校では野球、中学、高校ではバレー部に所属するなど、スポーツが得意だった。高校2年の春にバイク事故で左足の大腿部を切断する。高校卒業後、義肢装具士の専門学校に進学。そこで競技用義足を知り、自らも陸上を始めた。2004年、大阪体育大学体育学部に進学し、陸上部に所属。本格的に競技を始めた。卒業後、スズキに入社。1年目の2008年、北京パラリンピックに出場し、走り幅跳びで銀メダルを獲得。2012年ロンドンパラリンピックではメダルなしに終わる。昨年のリオデジャネイロでは走り幅跳びで銀メダルを獲得。世界選手権では2013、2015年に走り幅跳びで連覇。今大会、3連覇には至らなかった。

(文・斎藤寿子)

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