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新田「決して諦めない気持ち」で転倒からの逆転金メダル! 平昌パラリンピック

金メダルに笑顔の新田佳浩(中央)と2位のボウチンスキー(左)(撮影:越智貴雄)

「このままで終わるわけにはいかない」

 4年前、自らに言い聞かせるようにして、この言葉を口にした時の彼の鋭い目は今も忘れることができない。自身5度目のパラリンピックとなった前回のソチ大会でメダルなしに終わり、悔しい思いをした新田佳浩(日立ソリューションズ)。彼は今、再び、世界の頂点に立った――。

勝機を見出した得意の上り坂

 平昌パラリンピック競技8日目の17日、ノルディックスキー距離男子10キロクラシカル立位の部、新田は2冠に輝いた2010年バンクーバーパラリンピック以来、2大会ぶりの金メダルを獲得した。

 この日の朝、新田は家族からの手紙を読み、ソチからの4年間を振り返ることで、エネルギーをみなぎらせていたという。

「4年間、迷惑をかけてきた家族やコーチ、スタッフ全員に、自分はいろんな思いをもらってきたんだなと。そう思ったら、なんて幸せ者なんだろうと思いました。だったら、(レースで)苦しいことがあっても、決して諦めてはいけないなと。そういう気持ちでレースに臨むことができました」

 実際、その気持ちが見事な逆転劇を生むことになる――。

得意の上り坂で驚異の粘りを見せる新田佳浩(撮影:越智貴雄)

 レースは暖かな日差しが降り注ぐ中、スタートした。新田が出場した男子10キロクラシカル立位の部は、1周3.3キロのコースを3周し、そのタイムを競う。

 すると、いきなりアクシデントが起きた。「カッター」と呼ばれる雪面上の溝から出て滑ろうとした際に、転倒してしまったのだ。

「カッターを滑る時と、カッターから出て滑る時とでは、どうしても雪質が変わる。だからカッターから出る瞬間は、気をつけるようにと言われていて、僕自身注意していたつもりだったのですが……。勢い余ってカッターにひっかかってしまい、転倒してしまいました」

 だが、新田に焦りはなかった。これまでのように序盤の走りに勝負をかけるのではなく、最後のラップまでスピードをキープして走るというレース展開を考えていたからだ。序盤でのミスは十分に巻き返すことができる。新田は、そう信じて、すぐに気持ちを切り替えていた。

 残り1周の時点で、新田はトップを走るグリゴリー・ボウチンスキー(ウクライナ)と11.5秒差で3位。これは想定していたものよりも、大きな差だった。だが、最後の3周目に入った直後、得意とする上り坂でボウチンスキーとの差が大きく縮まったことをコーチから伝えられると、新田は気持ちを奮い立たせた。

ゴール手前で最後の力走をみせる新田佳浩(撮影:越智貴雄)

「この時のためにトレーニングをしてきたのだから、ここで負けてはダメだ」

 新田は、最も苦しいはずの3周目で驚異的な粘りを見せた。それは4年間、自らに課した厳しいトレーニングの賜物だったことは言うまでもない。

 3周目、残り1.5キロのところで、新田は自分が逆転してトップに立ち、2位に下がったボウチンスキーとは2秒差がついていることをコーチからの情報で知ったという。ゴールした時には、ボウチンスキーとの差は、9秒近くにまで広がっていた。

「4年間、よく頑張ったなと思います。非常に苦しく、逃げてしまいそうになったこともありました。でも、家族や、一緒に苦しみを味わってくれた長濱一年コーチなど、いろんな人に支えられてきた。37歳という年齢は、まだまだ若い。やりたいことがたくさんあるエネルギッシュな力さえあれば、なんとかなる年齢なんだなということを今大会で感じました」

競技後、スキー板に感謝のキスをする新田佳浩(撮影:越智貴雄)

「スポーツの価値」を映し出す意外な涙のワケ

 3日前の14日、新田はスプリント・クラシカルで銀メダルを獲得。2大会ぶりのメダルへの喜びと、ゴール直前での逆転負けで金メダルを逃したことへの悔しさとが入り混じり、ゴール後に涙を流した。「今日は涙しましたか」と記者から問われると、新田の目はみるみるうちに涙であふれた。そこには意外な理由があった。

「フィンランドのイルッカ選手にとって、このレースが個人としては最後のレースだったんです。これまで彼とは切磋琢磨しながらやってきたので、今日は一緒に表彰台に立ちたかったのですが、それがかなわず、少し寂しい思いがありました。そのほかにも、このレースを最後に一度競技を離れるという選手がいました。そんな一緒に戦ってきた彼らのことを思うと、(ゴール後に)感傷にひたってしまった部分があって、それでちょっと涙してしまいました」

 新田は、時折声を詰まらせながら、そう涙のワケを語った。

 イルッカは農家の家に生まれ、自らも2年前から本格的に農業者としての人生をスタートさせている。そして、新田が言う通り、今大会で現役を引退することを決めており、今後は農家として生きていくのだという。

 そんなイルッカに、新田はゴール後、「長い間お疲れさまでした」とだけ伝えたという。

 2大会ぶりに到達した自らの金メダルのことではなく、苦楽を共にした「仲間」であり、負けたくない「ライバル」でもあったイルッカの現役引退に涙を流した新田。その姿に、メダル獲得以上の「スポーツの価値」が映し出されているような気がした。

(文・斎藤寿子)

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