カンパラプレス

超人烈伝

超人烈伝

西田宗城「パラ初出場をかけ東京マラソンへ」

昨年11月に開催された大分国際車いすマラソンで日本人3位に入った西田宗城(撮影:越智貴雄)

昨年11月に開催された大分国際車いすマラソンで日本人3位に入った西田宗城(撮影:越智貴雄)

 28日(日)に行われる「2016東京マラソン」は、今年のリオデジャネイロオリンピック・パラリンピックの選考レースでもある。同大会の車いすの部がパラリンピックの選考レースとして行われるのは初めてのことだ。そこで今回注目したいのが、昨年から台頭してきた西田宗城だ。同じくリオの選考レースとして行われた昨年11月の大分国際車いすマラソンでは堂々とトップ争いを演じ、日本人3位に入った。果たして、東京マラソンではどんな走りを見せてくれるのか。大会直前、西田にインタビューした。

悔しがれなかったロンドンの選考

「面白いものを見せられると思いますよ」
 東京マラソンの約2週間前、西田が拠点とする大阪を訪れると、彼は笑顔でそう語った。その表情からは、調子の良さがうかがえた。実際、練習では好調だった大分前の時以上のタイムを計測するなど、調整は順調だという。

 西田が車いすマラソンを始めたのは2006年のことだ。大学3年時に交通事故に遇い、車いす生活となって3年目のある日、テレビに映し出された車いすランナーの姿に一目惚れしたことがきっかけだった。西田は小学校から大学まで野球部に所属し、もともと運動が得意だった。そのため、車いすでもできるスポーツを探していたところだった。その後、大会にも出場するようになり、パラリンピックに思いをはせるようになっていった。

 もともと体力には自信があり、「トレーニングを積めばパラリンピックに行けるに違いない」と考えていた西田だったが、パラリンピックへの道のりは想像以上に険しいものだった。2011年、初めて強化指定選手として臨んだ2012年ロンドンパラリンピックの選考レースでは、最後残り100メートルのところでクラッシュに巻き込まれ、転倒。途中棄権という結果に終わった。たとえゴールしていたとしても、9~11位あたりでパラリンピック出場には届かなかった。力不足は明らかで、レース後は悔しい気持ちさえも起こらなかったという。

「もちろん可能性はあると思っていましたし、まったく諦めてはいませんでした。ただ、それは『何が起きるかわからない』という他力本願的なものでしかなかったんです。自分の実力で勝ち取るというところには、正直まだ達していませんでした」

昨年11月に開催された大分国際車いすマラソンで日本人3位に入った西田宗城(撮影:越智貴雄)

昨年11月に開催された大分国際車いすマラソンで日本人3位に入った西田宗城(撮影:越智貴雄)

2015年シーズン飛躍のワケ

「次のリオデジャネイロこそ……」。そんな強い気持ちで再スタートを切った西田は、2012年3月に勤めていた市役所を退職し、競技に専念した。だが、成績は思うようには伸びなかった。そんな彼の走りに変化が訪れたのは、昨年のことだ。きっかけのひとつは、その年の春から専任コーチに師事したことだった。

「以前からその方には、いろいろアドバイスをしていただいていたんです。ただ、基本的には自分で考えてメニューを作っていました。でも、それではなかなか伸びない。それで、専任コーチとして指導してもらうことにしたんです」
 これまで自分では考え付かなかった新しいメニューにも取り組み、客観的な視点からのアドバイスを受けることによって、走りは改善されていった。

 さらにもうひとつ、効果を発揮したことがあった。それは、グローブだ。車いす陸上で使用されるグローブには、ハードとソフトの2種類がある。通常、西田は樹脂製のハードグローブを使用している。しかし、布地とゴムでできたソフトグローブで練習することによって、それまで課題としていた漕ぎ方が修正されたという。

「ハードグローブは硬い分、力任せに漕いでも、それなりにタイヤに力は伝わるんです。でも、ソフトはきちんと力を伝える漕ぎ方をしないとスピードが上がりません。それで練習でソフトを使うことによって、力を伝える動きを習得することができた。本番直前にハードに戻しても、ソフトを使った時のイメージで漕ぐようにしたら、これまで以上にスピードが上がったんです」

 特にソフトグローブで養われたのは、それまで課題としていた「引き上げ」の感覚だという。
「レーサーを漕ぐには、タイヤを後ろに引き上げることが重要だということは理解していました。でも、実際はそれがうまくフォームにつながっていなくて、どちらかというと、前に押し出すという動きの方が強かったんです。でも、それではソフトグローブでは力が伝わらず、スピードが出ない。スピードを出すためには引き上げる方を意識しなければならず、それでフォームも改善されていきました。コーチにも以前よりフォームが良くなったと言われましたし、実際タイムも伸び始めました」

 昨年9月の全国車いすマラソンでは自己ベストを更新して優勝、さらに10月の大阪車いすマラソンでは大会新記録をマークしての優勝と、夏以降、結果にもその効果は表れるようになっていった。

前半がカギ握る東京マラソン

 とはいえ、それらのレースは、国内トップ選手は不在だった。そのため、メンバーが出揃うリオ選考レースの大分では、西田はベテラン勢の陰に潜む存在だったことは否めない。彼自身もそのことはわかっていた。だからこそ、密かに「大番狂わせ」を狙っていたのだ。レース前日、「楽しみにしていてください」という言葉からは、そのことがはっきりと表れていた。

 実際、翌日のレースでは積極的に先頭を行く西田の姿があった。途中、引き離される場面もあったが、それでも再び追いつき、終盤まで先頭集団に喰らいついて行った。しかし、最後の最後に先頭から引き離され、結果は日本人3位(総合4位)でリオへの切符を掴むことはできなかった。それでも国際大会では自己最高位。レース内容も、ベテラン勢を脅かすには十分だった。

 大分後は、約3カ月後の東京に向けてしっかりとトレーニングを積んできた。改めて意気込みを聞くと、「僕はまだまだノーマークのランナー。挑戦者の気持ちは変わりません」と謙遜するものの、自信の程は決して小さくはないようだ。
「スピードもスタミナも、大分の時より手応えを感じています」

 練習中、向かい風にあい、苦しくなると思い出されるのは、大分でのレース終盤、橋の上りで向かい風の中アタックを仕掛けられ、前を行くランナーの姿が徐々に小さくなっていくシーンだという。
「練習中、苦しい時に脳裏に浮かぶのがあの時のシーンなんです。だから苦しくても、『ここで止めたら、あの時と同じになる。ここが勝負どころや』と思ってトレーニングを積んできました」

 東京でのレース展開は、もうしっかりとイメージしている。今大会でリオデジャネイロパラリンピック出場の内定を得るには、「1時間28分30秒以内」「総合3位以内」「日本人トップ」という3つの条件をすべてクリアしなければならない。東京での過去最高タイムは、2011年に副島正純がマークした1時間25分38だが、過去9回のうち優勝タイムが1時間28分30秒を上回ったのはわずか3回(2008、2011、2013)と、条件をクリアすることは決して容易ではない。タイムを考慮し、スタートから高速レースとなることも十分に考えられる。その中で西田が勝負どころと見ているのは、フラットなコースが続く前半だ。

「きっと面白いレースになるはずです」
 別れ際、西田はそう言って笑顔を見せた。彼が一番本番を楽しみにしているに違いない。

 日本記録保持者で東京マラソン前回優勝の洞ノ上浩太、2012年ロンドンパラリンピックでは日本人最高位の4位に入った副島など、実績のあるベテラン勢も揃う中、今大会でリオへの切符を手にするのは誰なのか。車いすランナーたちのスピード感あふれる走りに注目したい。

(文:斎藤寿子)

page top