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超人烈伝

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山本篤「リオでつかむ “世界一”」

2015IPC陸上選手権(カタール・ドーハ)で優勝した山本(撮影:越智貴雄)

2015IPC陸上選手権(カタール・ドーハ)で優勝した山本(撮影:越智貴雄)

 パラ陸上界で今、最もパラリンピックの金メダルに近い日本人と言えば、走り幅跳びの山本篤(T42)だろう。昨年9月の世界選手権(カタール・ドーハ)で優勝し、今春に行われた日本選手権では自己ベストを20センチ上回る6m56をマーク。自身初となる世界新記録を樹立した。その山本があと一つ手に入れていない“世界一”。それが、パラリンピックの金メダルだ。

ロンドンパラリンピックで力を発揮できなかった山本(撮影:越智貴雄)

ロンドンパラリンピックで力を発揮できなかった山本(撮影:越智貴雄)

不安が拭い切れなかったロンドン

 4年前の2012年ロンドンパラリンピックの時も、山本は金メダル候補として注目されていた。初出場だった2008年北京パラリンピックで銀メダルを獲得し、世界ランキング1位でロンドンパラリンピックを迎えていたのだから、当然である。彼自身にも自信があった。しかし、同じくらいに山本の気持ちを占めていたものがあった。“不安”だ。実は大会では一度も世界のトップに立ったことはなかったのだ。

 「その年はロンドンパラリンピックまで、たまたま世界のトップ選手たちの記録が伸びなくて、僕の記録が一番良かった。それで、世界ランキングが1位だったんです。しかもその記録というのも、国内大会で出したものでした。海外の大会では一度も優勝したことはなかったし、6mの記録さえも出したことがなかったんです。世界で勝てていないという不安と、国内大会では6mを跳んで世界トップにいるんだという自信。その2つが交錯した状態だったんです」

 今考えると、どこか落ち着きのない自分がいた、と山本は語る。しかし、当時はそのことに全く気付いていなかった。

 一方、世界のライバルたちは心身ともに、しっかりと本番にピークを合わせてきていた。パラリンピック開幕まで本調子ではなかったはずの選手たちが、1本目、2本目の試技で軽々と6mを超え、会場を湧かせたのだ。山本は6mに届かず、メダル争いに加われずにいた。

 「早く自分も6mを跳ばなければ……」
 目の前で繰り広げられるハイレベルの戦いに、山本は焦り始めた。そして、それはやがて自分に対する疑問へと変わっていった。
 「“絶対に跳べる”と信じて臨んだのですが、結果は5m台。“何でだろう、何がいけいないんだろう”って、どんどん冷静さを失っていったんです。そのうち、“本当に自分は跳べるのか”っていう疑問が湧いてきてしまった。海外で一度も6mを跳んでいなかった自分に、自信が持ち切れていなかったんです」

 結果は5m95で5位。自己ベストの6m24からは程遠く、ロンドンでは力を発揮できないまま終わってしまった。

 山本は言う。
 「初めて出場した北京での銀メダルは、取れてしまったという感じ。2度目のロンドンは狙いに行ってメダルを取れなかった。リオでは取れちゃったでもなく、取れなかったでもなく、必ず金メダルを取ります」

5月の日本パラ選手権で6m56の世界新記録を樹立した山本(撮影:越智貴雄)

5月の日本パラ選手権で6m56の世界新記録を樹立した山本(撮影:越智貴雄)

ライバルとの争い

 2016年5月1日、コカ・コーラウエストスポーツパーク(鳥取市)で行われた日本選手権で、山本は6m56をマークし、世界新記録を樹立した。
 初めて出場した2008年北京パラリンピックで、金メダリストが6m50の世界新(当時)を出した時、山本は「とても自分には無理だ」と思っていたという。銀メダルを獲得したものの、山本の記録は5m84。その差は66cmもあったのだ。その時は、将来自分が世界記録保持者となることなど、予想すらできなかった。だが、8年を経て、はるか彼方にあった夢を実現させたのだ。

 しかし、山本が世界記録保持者として君臨したのは、わずか1カ月にも満たなかった。約3週間後に行われたグランプリシリーズ(ブラジル・リオデジャネイロ)で、山本にとって最大のライバルであるダニエル・ヨルゲンセン(デンマーク)が山本の記録を11cm上回る6m67をマークし、世界トップの座に躍り出たのだ。山本は、6m30で2位だった。

 目の前で、あっさりと自らの記録を塗り替えられたのだ。当然、悔しさはあったに違いない。だが、山本に焦りはかったのではないだろうか。なぜなら、日本選手権で世界記録(当時)を更新した直後のインタビューで、彼はこう語っているからだ。
「きっとダニエルは記録を伸ばしてくると思います。だから、世界記録を樹立したからどうとかではなく、その先を見据えて今後やっていかないと、リオでの金メダルはないと思っています」

 リオでのメダリスト候補は、山本とダニエル、そしてハインリッヒ・ポポフ(ドイツ)の3人。6m後半台での争いが繰り広げられると予想されている。つまり、本来の力を出しさえすれば、メダル獲得は確実視されている。だが、山本が目指しているのは銀や銅ではない。金メダル、ただ一つである。

「やっぱり勝負は、勝つか負けるか、ギリギリのところでやるのが醍醐味」
 ライバルの活躍に、山本は今、闘争心をさらに燃やしているに違いない。

(文・斎藤寿子)

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