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超人烈伝

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「ただ一人の「勝者」となるために」~パラサイクリング・藤田征樹~

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「冷静沈着」という言葉は、彼のためにあるようにさえ思えるほど、落ち着いている。だが、内に秘めているものが誰よりも熱いことは、言葉の端々から伺い知れる。「他者との勝負の前に、まずは自分に勝つこと」が大事とされる自転車競技は、ストイックなまでに自分を追い込むことが必要とされる。そんな過酷な競技に挑戦し続ける藤田征樹とは――。

競技とは、自分への挑戦
――なぜ、過酷な競技をやり続けているのか。
 この質問に、藤田は少し間を置き、こう答えた。
「自分への挑戦なのかもしれないですね」
 そして、こう続けた。

「自転車レースのトレーニングって、『練習』というより、『訓練』なんです。もちろん、技術的な練習はとても重要ですが、基本的には訓練によって、より強度が高く持続時間の長い運動に体を順応させるというのが大切です。しかしそれは、すぐに成果が出るわけではありません。ティッシュペーパーをさらに1枚1枚に分けたような薄いものを、ちょっとずつ積み重ねていく。そんな感じです。そうして、本番では『しっかりと苦しむ』という覚悟を決めて臨むこと。勝つためには、ライバルもみんな苦しい中で、そこでいかに苦しいのを我慢できるか、なんです」

 周囲から見れば、藤田には十分、自分への厳しさがあるように感じられる。しかし4年前、自分の甘えた考えに気づかされたことがあったという。
「当時も本気で『もっと強くなりたい』と思っていました。でも、自分の目標のために、節制したり自分に厳しくしていたつもりでも、やっぱり考え方に甘い部分があったな、と。今考えると、確かにそうだったなと思いますが、その時はわかっていませんでした。そこを厳しく、的確に指摘してくれた人がいたんです」

 それ以降、練習はもちろん、普段の生活においても、競技者としてどうあるべきかをより真剣に考えるようになったという。昨年、2009年以来、6年ぶりに挙げた1勝は、その延長線上にあった。

リオには世界王者として臨む藤田(撮影:越智貴雄)

リオには世界王者として臨む藤田(撮影:越智貴雄)

勝者となるための1勝

 リオデジャネイロパラリンピックを翌年に控えた2015年、藤田が掲げた目標は「1勝を挙げること」だった。2010年にクラス分けが変更となって以降、表彰台に上がっていたが、世界選手権やワールドカップなど、世界トップを争う国際大会ではまだ一度も優勝はしていなかったからだ。

「2位や3位では、『メダリスト』にはなれても『勝者』にはなれません。勝つというのは、1位になるしかない。その勝つプロセスを1度、自分でやってみないとダメだなと。本番で勝つには、それ相応の準備ができていなければ、奇跡なんてまず起こりませんから」

 そうして臨んだ2015年8月のロード世界選手権(スイス)のロードレース、断続的に有力選手が攻撃を仕掛ける展開の中、藤田は残り14キロとまだゴールまで距離がある時点でアタックを掛けた。すると、一気に後続集団との差が開き、独走状態となった。

 残り5キロ地点で、後続とは1分もの差が開いていた。
「並走して走る審判車両が、途中途中で後続とのタイム差をボードに書いて選手に知らせてくれるんです。それを見たら、1分とあったので、『よし、これならいける』と思いました」
 勝利を確信した藤田選手は、さらに後続との差を広げ、終わってみれば約1分半という大差での優勝となった。

 リオにはロードの世界王者として臨む藤田だが、浮かれた様子は微塵もない。
「現在トップ選手たちの力は拮抗しています。その中で優勝するというのは、本当に難しい。その日の天候やコースの得意不得意、戦略がはまるかどうか、アクシデントの有無ということもある。そういうちょっとしたことで、結果は変わってくる。ですから、決して油断はできません」

 最後の最後まで準備を怠らない。すべては、ただ一人の「勝者」となるために――。

<藤田征樹(ふじた・まさき)>

1985年1月17日、北海道生まれ。日立建機株式会社勤務。小学生の時は地元のスポーツ少年団でスピードスケートをし、中学・高校時代は陸上部に所属。トライアスロンのサークルに入った大学2年の夏に自動車事故で両脚を損傷し、下腿部を切断した。2年後の2006年に義足でトライアスロンの健常者レースに出場、翌2007年にはパラサイクリングの日本代表入りを果たす。2008年北京パラリンピックでは1キロタイムトライアル(TT)、3キロ個人追い抜きで銀メダル、ロードTTで銅メダルを獲得した。2009年のトラック競技世界選手権では1キロTTで初優勝。2012年ロンドンパラリンピックではロードTTで銅メダルを獲得した。2015年ロード世界選手権ではロードレースで優勝し、6年ぶりとなる世界選手権での勝利を挙げた。

(文/斎藤寿子)

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