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超人烈伝

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「わずか2年で唯一無二の存在となった17歳」~車椅子バスケ・鳥海連志~

海外勢にも臆することのないタフなプレーを見せる鳥海(撮影:越智貴雄)

海外勢にも臆することのないタフなプレーを見せる鳥海(撮影:越智貴雄)

 2年前、日本選手権で彼を初めて見た時の衝撃は、未だに鮮明に覚えている。粗削りではあったが、キレのある動きとエネルギッシュなプレーに、気づくとすっかり目を奪われた。
「すごい。こんな選手がいたんだ……」
 期待に胸が膨らんだが、まさかわずか2年で、彼が日本代表になくてはならない存在となるとは……。
 鳥海連志。チームでは唯一の10代としてリオデジャネイロパラリンピックに挑む若き精鋭だ。

代表入りの扉が開いた一戦

 2年前、鳥海自身もまだパラリンピックのことは考えていなかった。車椅子バスケを始めて4年、当時高校1年生の彼にとって、世界最高峰の舞台はまだまだ遠い世界だった。

 ところがその日本選手権から2カ月後の2014年7月、鳥海に転機が訪れた。鳥海は長崎県選抜の一員として、のじぎく杯に出場した。彼の活躍もあって、チームは決勝に進出。その決勝では、日本代表の指揮官でもある及川HC率いるNO EXCUSEと対戦した。結果は44-58で長崎県選抜は敗れた。しかし、この時の鳥海のプレーが、及川HCの目に留まった。

 及川HCはその時のことをこう振り返る。
「長崎県選抜は、僕らに対してずっとプレスをかけてきたんです。その時の鳥海のボールへのプレッシャーは抜群でした。以前から彼のことは知ってはいましたが、改めていいプレーをする選手だなと思いました」

 鳥海自身も、その時のプレーに手応えを感じていた。
「相手のセンターに対して強くプレッシャーにいったり、得意のパスカットも積極的に狙いにいきました。試合には負けましたが、ディフェンス面では自分らしいプレーをすることができたかなと納得できる試合でした」

 そしてその1カ月後、及川HCは鳥海を代表候補の合宿に召致した。
「将来の可能性を考えてとかではなく、即戦力として今すぐ欲しい選手だと思ったんです」

 その指揮官の目に狂いはなかった。1年後には、鳥海は日本代表の中で自らのポジションを確立していたのだ。及川HCの言葉を借りれば「まるでスポンジのような」吸収力が、成長を促していた。

いつもエネルギッシュなプレーをみせる鳥海(撮影:越智貴雄)

いつもエネルギッシュなプレーをみせる鳥海(撮影:越智貴雄)

海外勢にも臆することのないタフさ

 2015年10月に行われたアジアオセアニアチャンピオンシップ(AOZ)。リオの切符がかかった大事な大会に、鳥海は12人の代表メンバーに選出された。フル代表として、公式戦では初めての国際大会だった。さすがの鳥海も緊張したのか、初戦のタイ戦の第1クオーターでは、動きに硬さが見られた。

 しかし、第2クオーターではすっかりいつものキレのある動きが戻っていた。途中、相手の隙をついてボールを奪うと、そのまま自らドリブルで上がり、レイアップシュートを決めてみせた。そのプレーに3000人超の観客が大歓声をあげた。会場のボルテージが一気に上がった瞬間だった。試合の主導権を握った日本は、着実にリードを広げ、白星スタートを切った。

 この時の日本にとって、最大のライバルとして「勝たなければならない」相手だったのが韓国だった。2014年の世界選手権、2015年のアジアパラ競技大会で、合わせて3度対戦して全敗を喫しており、その雪辱を果たすことができるかどうかで、リオへの切符にも大きく影響すると予測されていた。第2戦はその韓国との対戦だった。

 第1クオーター、2-8とリードを許したところで、投入されたのは鳥海だった。すると、韓国の得点がピタリと止んだ。鳥海の執拗なまでのプレッシャーにたえられず、韓国は思うようにプレーすることができなくなってしまったのだ。結局、鳥海が投入されて以降の約5分間で日本が10得点を挙げたのに対し、韓国はわずか4点。12-12の同点で第1クオーターを終えた。

 第2、第3クオーターで再び韓国にリードを許したものの、内容的には全くの互角といってよかった。そんな中、迎えた第4クオーター、及川HCは鳥海をスタートから起用した。すると案の定、韓国の攻撃力はみるみるうちに低下した。逆に日本は得点を重ね、結果的には55-48と快勝。勝因の一つに、鳥海のプレーがあったことは間違いない。そして、この勝利が、リオへの切符獲得につながったのだ。

 つい2年前までは、本人も予想だにしていなかったパラリンピック代表の座を射止めた鳥海。昨年のAOZで強心臓ぶりを発揮した17歳の若きプレーヤーは、世界最高峰の舞台で、どんなプレーを見せてくれるのか。鳥海にとって初めてのパラリンピックが幕を開けた。

鳥海連志(ちょうかい・れんし)

1999年2月2日、長崎県出身。先天性の上下肢障がいがあり、3歳の時に両脚を切断。中学1年時に車椅子バスケットボールを始め、現在では所属する佐世保バスケットボールクラブの主力として活躍している。2014年7月には九州代表として出場した全国ジュニア選抜大会で優勝の立役者となりMVPを獲得、のじぎく杯では長崎県選抜を準優勝に導いた。同年8月に日本代表候補合宿に初めて召致され、11月の北九州チャンピオンズカップで12名のメンバー入りを果たす。昨年10月に行われたアジアオセアニアチャンピオンシップでは、アグレッシブなプレーで、リオへの切符獲得に貢献した。

(文/斎藤寿子)

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