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知的障害者サッカー日本代表GK候補の竹澤「もう一度サッカーをやりたい」

知的障害者サッカー日本代表GK候補の竹澤(撮影:越智貴雄)

 サッカーを始めるきっかけになった試合をいまでもはっきりと覚えている。日産スタジアムで行なわれた横浜F・マリノスと浦和レッズによる2008シーズン開幕戦、家族に連れられこのとき初めてJリーグに足を運んだ9歳の少年は、トリコロールの守護神のセーブに心を奪われた。以来、動画サイトを訪ねてはGK(ゴールキーパー)のプレーを熱心に辿り、やがてアジアカップ2004ヨルダン戦のPK戦で活躍した川口能活に魅了された。GKに対する憧れはそうして育まれたのだった。

 元選手の父を持ち、3人の兄も皆サッカーをやっていたのだから、あとに続くのは必然だったかもしれない。竹澤海音は初めて観た試合からほどなくして地元・神奈川県内の少年団に入り、中学に上がってからは2つ年上の三男も通うクラブチームの門を叩いた。ポジションはもちろんGKである。

 トレーニングは厳しくも充実していた。学校が終わり、自転車で数十分かけてグラウンドに向かう。練習を終えて帰宅するのは毎晩10時半を回っていた。夏休みともなれば朝から晩まで毎日みっちりと汗を流した。

 しかし、中2の終わり頃のことだった。知的障害を理由にチームメイトからいじめに遭った。障害者は消えろ。このチームに障害者はいらない。彼らの暴言は容赦なく、シュート練習でゴールを守れば「止めるな」と唾を吐きかけられた。いじめは次第にエスカレートし、言葉の暴力だけでなくスパイクを隠されるなどの嫌がらせも受けた。

 サッカーをやりたいのに、まるで自分からいじめに遭いに行ってるみたいだ――

幼少時代のアルバムより

 親には練習に行ってくると嘘をつき、宛てもなく時間を潰した。休んでいることがばれても、またいじめられるんじゃないかという恐れが頭から離れず、戻る気にはなれなかった。中3に上がってからはほとんど行かなくなり、卒業セレモニーにさえ参加しなかった。障害者という言葉に傷つき、大好きだったサッカーも嫌になってしまった。

 高校は養護学校に進んだ。小中と、それまで通っていた公立学校とは異なる環境に戸惑いは否めなかった。クラスメイトには障害が重くコミュニケーションを取ることが難しい生徒も少なくない。

 だが重度の障害を持つ生徒と接するなかで、あらためて気付くことがある。
「みんな正直で優しい。誰も障害者になりたくてなっているわけではなく、僕はいじめに遭うつらさも知っている。みんなには不幸になってほしくないし、できるだけサポートしたい」

知的障害者サッカー日本代表GK候補の竹澤(撮影:越智貴雄)(撮影:越智貴雄)

 そして自分自身もう一度サッカーをやりたいという気持ちも再生した。プレーの場を求め、知的障害者サッカーの世界に飛び込んだのは、2016年のことだ。高校生ながらさっそく神奈川県選抜に招集され、全日本知的障害者サッカー選手権大会チャンピオンシップの決勝で初めてピッチに立ち、勝利に貢献した。その後、横浜F・マリノスの知的障害者チーム「横浜F・マリノスフトゥーロ」に入り、知的障害者サッカー日本代表にも選ばれた。

「障害者サッカーのチームに入ってよかった」竹澤は笑みを浮かべる。
「神奈川県選抜も横浜F・マリノスフトゥーロも日本代表も、どのチームもお手本になる素晴らしい先輩に恵まれています。話を聞くと、たいていみんな過去に嫌なことを経験している。でもいじめに遭っても頑張って強くなれば、ひとにも優しくできる。いまは正直、障害が何だという気持ちです」

 今年3月には目標としていたチャンピオンシップ2連覇を果たした。「うれしかったです」日頃から切磋琢磨する仲間とともに掴んだ快挙に喜びを口にしつつ、しかし自身への矢印も忘れない。
「パスの精度など、ちょっとしたミスがあったことは今後の課題です。一つひとつのプレーの質を高め、また関東予選を勝ち抜いて、次は3連覇したい」

 足もとを見つめ、向上を図り、活躍を期す。その視線の先には、思い描くさらなる未来がある。
「親に恩返しをしたい。赤ちゃんの頃から面倒を見てもらい、風邪をひいたときには寝ないで看病してくれた。たくさん迷惑をかけたし、お金もかかりました。だから必ず恩返しをしたい。社会のなかでしっかり働き、できれば家庭を持って、きちんと生活していきたい」

今があるのは、クラブチームで鍛えられた結果だと話す竹澤(撮影:越智貴雄)

 ふと、いじめに苦しんだ当時を思いながら、こんなふうに口にする。
「クラブチームに入って鍛えられたことで基礎技術がしっかり身に付いた。サッカーだけでなく礼儀も教えてもらいました。知的障害者サッカー日本代表に選ばれたのも、あの頃頑張った結果だと思うし、それがなければ代表にも選ばれてないと思う。クラブチームに入ったからいまがある。入ってよかったなって思います」

 こんなにサッカーが楽しいのは小3以来だと、頬を綻ばす。憧れに始まった情熱が、一度は挫かれた心にふたたび火を灯し、竹澤のいまを優しく照らしている。

(文・隈元大吾)

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