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パラコラム

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インドで跳んで走った絵本作家 二刀流の前川楓【パラ陸上世界選手権】

スタートラインに立つ前川楓。緑の髪にカラフルな義足が目を引き、まるで絵本から飛び出してきたキャラクターのようだ(撮影:越智貴雄)

緑に染めた髪、頬に散らしたラメ、そしてカラフルに彩られた義足。インド・ニューデリーのスタジアムに立った前川楓(新日本住設)の姿は、まるで絵本から飛び出してきたキャラクターのようだった。

パラアスリートであり絵本作家でもある彼女は、世界パラ陸上選手権に走り幅跳びと100メートルで出場。9月30日夜の走り幅跳びは4メートル35で7位、翌10月1日夜の100メートル決勝は最下位に終わった。本人も「久しぶりに不調な世界選手権だった」と振り返るが、「楽しむぞ」と決めて臨んだ初めてのインドで、跳び、走り、駆け抜けた。

事故で脚切断から再び立つまで

跳躍する前川楓。効果音は「バシン、ボヨン、ボーン」――彼女自身がそう表現した躍動の瞬間(撮影:越智貴雄)

中学3年の夏、犬の散歩中に車の事故に巻き込まれ、右脚を切断した。部活でバスケットボールの大きな大会を控えていた時期で、未来を一瞬にして奪われたように感じた。松葉杖での生活が続き、高校に入っても義足のリハビリはうまくいかず、「このまま松葉杖でもいいか」と思った時期もあった。

そんなとき、大好きなバンド SEKAI NO OWARI の野外ライブがあった。会場で思い切りジャンプしたくて、義足で挑むことにした。迎えた当日、夢中で歩き、跳ね回った。終わる頃には断端が血だらけになったが、それすらも「最高だった」と笑えるほどだった。あの夜の高揚感が、前を向く大きなきっかけになった。

やがてパラ陸上と出会い、走る喜びを知った。リオ、東京、パリと三度のパラリンピックに出場し、走り幅跳びで4位、5位、6位と世界の舞台で健闘してきた。2017年のパラ陸上世界選手権では銀メダルを獲得した、世界トップクラスのアスリートだ。

義足の犬「くうちゃん」と歩んだ絵本作家の道

自身の絵本『くうちゃんのかけっこ』を手に笑顔を見せる前川楓。挑戦する勇気を子どもたちに届けたいと語る(撮影:越智貴雄)

もう一つの顔が絵本作家「まえがわ かえで」だ。右後ろ脚が義足の子犬「くうちゃん」を主人公にしたシリーズはこれまでに3作。

1作目『くうちゃん いってらっしゃい』は義足の子の日常を描き重版を重ねた。2作目『くうちゃん うみにいく』は海への冒険を描き、全国の学校や書店で広がった。そして今年7月に出版した第3弾『くうちゃんのかけっこ』(白順社)では、転んでも「もういっかい!」と立ち上がる姿を通じて、子どもたちに挑戦する勇気を伝えている。

第3弾に走るをテーマに選んだ理由について、前川はこう語る。
「いつかは必ず“走る”をテーマに描きたいと思っていたんですけど、東京パラリンピックが終わってからどうしてもパラ陸上やパラリンピックへの関心が下がっていると強く感じていました。情報も少なくなっている一方で、『走りたい』と願う切断者は確かにいて、義足のランニングクリニックでは義足の子どもや初心者の義足ユーザーが参加して初めて走る体験ができるんです。だからこそ、“走る”ってこういうふうにできるんだよ、ということを伝えたくて、今回“走る”をテーマに描きました」。

国際パラリンピック委員会(IPC)の公式サイトでも彼女の活動は「アーティスト」として特集コンテンツが組まれたり、競技と並ぶもう一つの表現活動として世界から注目されている。

「楽しむ」が力になる

両手を掲げて観客に応える前川楓(撮影:越智貴雄)

競技者と絵本作家。二刀流の活動は別々のものではなく、彼女の中で一つにつながっている。
「どんな時も楽しむことを大事にする」。それが前川楓の哲学だ。

事故や不調を経験したからこそ、“楽しむこと”が最大の力になる――。それが前川が二刀流の活動で一貫して大切にしていることだ。

ニューデリーでの自身の跳躍を絵本で描くなら、効果音は 「バシン、ボヨン、ボーン」――前川がそう笑って語った。主人公は、緊張でこわばっても、跳ぶたびにどんどん笑顔になっていく。「転んでも立ち上がり、”もう一回!”と元気よく走り出すんです」

さらに、彼女が楽しむためにこだわっているのが“見た目”だ。ニューデリーの競技場では誰よりも目立っていた。緑の髪に輝くラメ、カラフルな義足――「多分、同じクラスの女子選手の中で一番派手な自信はある」と本人も話す。
「わぁ、なんだあの人って面白いなって思ってもらえたらいいし、自分が派手な格好をして気分が上がると、人も一緒に嬉しいと思ってくれる。そんなのが一番嬉しいんです」。

(取材・文:越智貴雄)

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