何度でも作り直す――ミラノ・コルティナパラリンピック、義足のスノーボーダーを支える職人

パラスノーボード専用の義足を調整する沖野敦郎さん(撮影:越智貴雄)
3月6日、ミラノ・コルティナ冬季パラリンピックが開幕する。直前の冬季オリンピックでは日本勢が史上最多のメダルを獲得し、連日の表彰台に国内は沸いた。熱気が冷めないまま、舞台はパラリンピックへと移る。
その雪上で世界と戦う日本代表の足元を支える職人がいる。義肢装具士の沖野敦郎さん(47)。これまでパラリンピックのメダリストを含むトップアスリートの義足や装具を手がけ、五輪メダリストのインソールや固定器具、怪我を負った力士の復帰用装具にもたずさわってきた。
沖野さんの原点は2000年のシドニー・パラリンピックだった。大学3年生のとき、偶然テレビで見た義足の選手の姿に衝撃を受けた。鍛え抜かれた上半身に機械の義足が一体となって走る姿。当時、山梨大学機械システム工学科でロボット工学などを学び、二足歩行の研究にも関心を持っていた沖野さんにとって、それは「こんなかっこいいものがあるのか」と心をつかまれる瞬間だった。
「作ってみたいし、一緒に走ってみたいと思いました」
大学卒業後、専門学校に入り、ロボットの道ではなく、スポーツ用義足を作る道へ進んだ。
現在、パラスノーボードでミラノ・コルティナパラリンピックに挑む小須田潤太選手、市川貴仁選手の義足を担当する。角度や長さ、位置を選手の要望に応じて何度でも調整する。出国直前でも例外はない。その姿勢は、生まれつきの職人気質ではなく、自分の理想や思い込みを削ぎ落とし、「選手本人がどうしたいか」に向き合い続けた末にたどり着いたものだ。
ミラノ・コルティナパラリンピックを前に、2月中旬、沖野さんの工場で話を聞いた。
以下、一問一答。
──そもそも、義肢装具士の道を志したきっかけは。
「2000年のシドニー・パラリンピックです。大学3年生のとき、NHKのダイジェストで義足の選手を偶然見ました。当時はパラリンピックのこともほとんど知らなかったし、義足というものも身近ではなかったんです。上半身は鍛え抜かれているのに、下半身には機械の義足がついていて、その姿がすごくかっこよかった。“なんだこれは”って。変な意味じゃなくて、こんな世界があるのかと衝撃を受けました」
──当時は何を学んでいた。
「山梨大学で機械システム工学を専攻していました。ロボット工学に興味があって、二足歩行ロボットを作りたいと思っていたんです。でも、それが人の身体と一体になって走っている。あれは衝撃でした。映像を見た瞬間、これを作りたいし、一緒に走りたいって思いました」

1月に骨折した肘の装具の製作に訪れた小須田潤太選手(左)と沖野さん(撮影:越智貴雄)
──そこから義肢装具士へ。
「大学は卒業しようと思っていたので、4年生のときは卒業論文を書きながら義肢装具士の専門学校の受験勉強をしていました。周りは就職活動をしていましたし、“ロボットやるんじゃなかったの?”とか“大学出てまた専門学校?”とも言われましたけど、あの映像を見た瞬間に作りたいと思ってしまったので、迷いはなかったですね。そのままの勢いで、今に来ている感じです」
──独立もされています。
「会社に属していると、土日対応が難しかったんです。でもアスリートは土日に試合があるので、土日にも義足の調整をしたい、自分の判断で動ける環境にしたかった。それで独立しました」
──ミラノ・コルティナに向けて、いまの調整は。
「直前なのにまだすり合わせています。アスリートの義足作りは本人も答えは分かっていないこともあって、だから一個ずつやっていって、うまくいったか、いかなかったかを確認するんです。消去法でやっている感じです。時間は、めちゃくちゃかかります」
──大会直前ですが。
「今朝も小須田選手から連絡が来ました。(1月に骨折した)肘の装具を作ってくれって依頼が入って。数日後に出国するので、それまでに作ってほしいと頼まれて(笑)。今日は時間ないよって言ったんですけど、本人はやるって。もうめちゃくちゃですよ。型取りからはじめます」
──うまくいかなそうでもやる。
「やりますよ。これダメだろうなって思っても、選手がやりたいって言うなら一回やります。やってみてダメだったら“ああ、やっぱり違ったね”って次に進めばいいだけなので。やらないまま否定するより、一度やってみた方がいいと思っています。それに、失敗しないと選手は納得しないこともありますし。選手が“自分で試した”っていう感覚が大事だと思うんです」
──失敗ばかりですか。
「いや、たまにうまくいくんですよ(笑)。こっちが半信半疑でも、“あれ?いいじゃん”ってなることもある。だからやってみないと分からないんです」
──そこまで求められるのは信頼があるからでは。
「どうなんですかね。基本的にみんな私をあまり褒めないんですよ。“沖野さんのおかげで”とかほぼ言われない(笑)。たぶん褒めたら伸びなくなると思われているんじゃないですか」

小須田潤太選手(右)と沖野さん(撮影:越智貴雄)
──選手から言われて印象に残った言葉は。
「選手たちから“メダル取れなかったらオッキーのせいだからね”って言われたことがあります。本人たちは言ったことも覚えてないらしいのですが、そういうのはよく覚えてますよね(笑)。その選手たちの実力なら本当にメダルを狙える選手たちなので軽い言葉ではないですけど」
──選手の結果が出た時は。
「うれしいより、“壊れなくてよかった”が先ですね。足を引っ張らなくてよかったって」
──以前は違った。
「昔は若い選手に対してパフォーマンスを120%にしてやるとか、150%にしてやるとか思っていましたよ。俺が最高の義足を作ってやるよ、みたいな。俺の言う通りやってみろっていう感じでしたね。義肢装具士なのに、コーチみたいなこともやろうとしていました。でも、それはある意味エゴだったと思います。自分では良かれと思ってやっていましたけど、選手が求めていることとズレていたこともあった。選手が離れていく経験もする中で、自分ちょっとまずいんじゃないかって考えました。そこからですね。だんだん削ぎ落とされていった感じです。俺がどうこうじゃなくて、やるのは選手なんだなって」
──そこから。
「今は、自分の理想とか“こうあるべきだ”っていう思い込みは持ち込まないようにしています。結局やるのは選手本人なので。私はその人が目標に向かうためのギアを作るだけで、そのギアがちゃんと機能するようにするのが仕事だと思っています」
──それが何度も作り直す姿勢に。
「そうですね。選手がやりたいことがあるなら、まずやる。失敗しても、次がある。たまに成功もある(笑)。その積み重ねです」
──良い義足とは。
「選手のパフォーマンスを下げないもの、ですかね。上げるとは言えない。義足を履きこなすのは選手なので」
──自分の仕事を一言で。
「難しいですね……。支える、ですかね。でもそれ、つまんない答えですよね(笑)。支えるって、同業者はみんな言ってそうだし。二人三脚って二人しかいないから二人三脚でもないしなあ。十人十一脚ぐらいのうちの一人、っていう感じですかね。選手に関わっている中の一人、というか」

パラスノーボードでメダル獲得が期待される小須田潤太選手(撮影:越智貴雄)
スノーボードクロスの決勝は3月8日(日)、バンクドスラロームの決勝は3月14日(土)に行われる。小須田選手は2025年のスノーボード世界選手権男子バンクドスラロームを制しており、金メダル候補の一人だ。
決勝の舞台に立つのは選手だが、その足元には、何度も作り直してきた義足がある。
(取材・文:越智貴雄)





