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リオ代表を逃した敗戦を受け止め、一心不乱に「自分の陸上」に向き合った熊谷が、初制覇! 日本視覚障がい男子マラソン選手権

ゴール後の熊谷(撮影:星野恭子)

ゴール後の熊谷(撮影:星野恭子)

 第66回別府大分毎日マラソン大会が2月5日、大分市高崎山うみたまご前から大分市営陸上競技場までの42.195kmのコースで行われた。今年から併催されることになった日本視覚障がい男子マラソン選手権大会では熊谷豊(T12/AC・KITA)が2時間31分47秒で優勝を果たした。

 同選手権には6選手が出走。熊谷はスタートから勢いよく飛び出してトップに立つと、あとは一般選手に混じり、今大会の目標としていた2時間30分を切るペースで順調にレースを進めた。レース後半に入り、カーブや傾斜のきつい国道の路面に足が重くなり少しペースが鈍った。また、38kmと41km付近では少し立ち止まり嘔吐するアクシデントがあったものの、大きく崩れることなく自己最高(2時間31分25秒)に迫る力走を見せた。

 熊谷はレース後、「優勝よりもタイムにこだわっていました。ベストが出でなくて、残念。2時間30分切りを目指していたので、70点がいいところかなと思う。気持ち的な部分で負けてしまった部分がありました」と反省点を口にした。目指すところはもっと上にあるからだ。

 昨年、リオデジャネイロパラリンピックの出場権がかかっていた別大で、熊谷は終盤まで2位を守っていたが、猛追してきたロンドン・パラリンピック5000m銅メダリストの和田伸也(T11)に41km付近で抜かれ、約20秒差で代表切符を逃した。当時の自己最高を4分近く更新する2時間34分6秒の快走だったが、満足感はなかった。特に、障がいクラスの異なる全盲の和田に負けたことが悔しさを募らせたという。

 熊谷の障がいは先天性無虹彩症のため網膜に入る光量の調節機能をもつ「虹彩」が欠損しており眩しい光が苦手というもので、医療用サングラスの着用で対処することで単独走も可能な弱視クラスT12に該当する。全盲のため伴走者を必要とするT11クラスよりハンデは少ないからだ。

 悔しさを晴らすには立ち止まってはいられない。「自分の陸上に集中しよう。大会ごとに目標を設定して、一つひとつクリアしていこう」。以前から、練習へのストイックさには定評があったが、その姿勢はますます高まり、フルタイムで勤務しながら月間600kmから700kmを走り込んだ。

悔しさをバネに、急成長

 努力はすぐに、4月のロンドンマラソンで開かれた2016 IPCマラソンワールドカップでの好走につながった。後半一人旅になるも「冷静に対応し」てペースを維持し、再び自己新となる2時間 33分24秒をマークして、自身初の国際大会での金メダルを手にしたのだ。

 当時、熊谷は、「金メダルよりも、自己新が出たこと、そして、(リオ代表に決まった)和田さんにプレッシャーをかけるためにも、和田さんの記録を抜くことができて嬉しい。後半少しペースが落ちたが、思い通りのレース展開ができました」と笑顔で話してくれた。

 その後も立ち止まることなく、質にも量にもこだわった練習をしっかりこなし、8月北海道マラソン(2時間43分28秒)を経て、12月には防府読売マラソンで優勝し、自己記録も2時間31分25秒とさらに伸ばした。1年で3度、自己最高をたたき出したのだ。

 熊谷を指導する、日本盲人マラソン協会の安田享平理事は、「故障が少なく、練習を地道にコツコツこなすことができる。心身ともに強いところが彼の魅力。特に昨年の別大以降、トレーニングへの意欲が増したように思う。しっかり練習を継続でき、レースでその力を出せるようになってきた。いろいろな経験が生きている」と評価する。

 今年の別大は熊谷にとって20歳代最後のマラソンだった。少し辛口の採点だったレースの次は、30歳となり、招待選手として臨む「2017マラソンワールドカップ(4月23日/ロンドン)だ。大会連覇にも期待がかかる。

「去年はリオデジャネイロパラリンピック代表組がいなかったが、今年は戻ってくるので厳しい戦いになると思います。集団にしっかりついて必ず自己ベストを出し、できれば、2時間30分を切りたい。30代の初戦は、いいタイムでスタートしたいです」と意気込む。

 視覚障がい者マラソンでは日本だけでなく世界的にみても年齢層が高く、30歳前後の選手は若手となる。急成長をみせる熊谷にはさらなる飛躍が期待される。3年後に迫る東京パラリンピックも見据え、まずは2カ月後のロンドンで、次につながる快走を応援したい。

◆視覚障がいマラソンのクラス分け:国際パラリンピック委員会(IPC)の主催、または公認大会では、選手は視覚障がいの程度に応じて、T11(全盲/要伴走者)、T12(重度弱視/伴走者の有無は選択可)、T13(軽度弱視/伴走者なし)の3クラスに分けられる。パラリンピックのマラソンでは2008年北京大会からT11と12のクラス混合で競技が行われている。

◆日本視覚障がいマラソン選手権:日本盲人マラソン協会(JBMA)が主催し、2000年から実施されているマラソン大会。第1回から16回までは福知山マラソン(京都・福知山市)で行われたが、第17回より男子は別府大分毎日マラソン(2017年)、女子は防府読売マラソン(2016年)に変更された。クラスは、第1・2回は年齢別による2部門(39歳以下と41歳以上)で行われ、第3回から視覚障がいの程度に応じた3部門制(B1 ~B3 )となる。2012年、第13回からIPC公認大会となったことを機に国際基準のT表記による3部門制((T 11 ~13)に変更されたが、第17回より統一クラス(部門なし)で実施されることになり、男女別の日本一を決める大会となった。

【第17回日本視覚障がい男子マラソン選手権大会 於・第66回別府大分毎日マラソン大会】
1位:熊谷豊(T12)2時間31分47秒
2位:高井俊治(T13)2時間41分29秒
3位:山下慎治(T12/ガイド:中村哲、今井康太)2時間47分49秒=自己新
4位:米岡聡(T11/ガイド: 奥村直樹、樋口裕介)2時間49分27秒=自己新
5位:高橋勇市(T11)2時間52分25秒
6位:加治佐博昭(T11)2時間55分3秒

3時間18分7秒のT11 クラス日本新記録で視覚障がい者女子の部を制した安部直美(中央)。左右はガイドの藤原慎太郎さんと成田フサイさん(撮影:星野恭子)

3時間18分7秒のT11 クラス日本新記録で視覚障がい者女子の部を制した安部直美(中央)。左右はガイドの藤原慎太郎さんと成田フサイさん(撮影:星野恭子)

IPC登録女子の部
1位:安部直美 T11 3時間18分07秒=自己新=T11日本新(ガイド:成田フサイ、藤原慎太郎)
2位:青木洋子 T12 3時間18分40秒=自己新(ガイド:横山牧子、奥山吉秋)

(文:星野恭子)

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