東京オリンピック・パラリンピックは何も残さなかったのか──パラスポーツの停滞から考える“レガシー”の今

パリ大会で41個のメダル獲得。写真は金メダルの車いすラグビー(撮影:越智貴雄)
昨年夏のパリパラリンピックでメダルラッシュに沸いた日本選手団は、金14個を含む合計41個のメダルを獲得した。直近5大会では東京大会に次いで多いメダル獲得数だった。
一方、日本国内ではパラスポーツの普及は停滞しているという。東京オリンピック・パラリンピックは「全員が自己ベスト」「多様性と調和」「未来への継承」の3つが大会ビジョンだったにもかかわらずだ。なぜ、日本ではパラスポーツが普及しないのか。どこに原因があるのか。笹川スポーツ財団でパラスポーツの現状や普及の状況を調査研究している小淵和也政策ディレクターに聞いた。
パラスポーツの今とこれから、一問一答

パラスポーツの現状や普及状況を調査・研究している小淵和也氏(撮影:越智貴雄)
──東京オリンピック・パラリンピック以降、パラスポーツへの注目度が低下していると感じます。
パリパラリンピックは、2021年の東京大会や2016年のリオ大会に比べて地上波テレビの放送時間が3分の1に激減しました。これは、2012年のロンドン大会とほぼ同じ水準でした。
──パリ大会のメダル獲得数が多かったことで、なんとなく「日本のパラスポーツ文化は発展している」と思っている人も多そうです。
パラリンピック終了後に実施しているパラリンピアンの認知度調査では、東京大会で増加した認知度が、パリ大会で減少しました。
また、スポーツ庁は、20歳以上の障害者のスポーツ実施率(週1回以上)を40%以上にすることを目標に掲げていますが、2024年度は32.8%にとどまりました。東京大会のあった2021年度は、コロナ禍であったにもかかわらず31.0%だったことを考えると、障害者のスポーツ参加は想定していたほど進んでいないのかもしれません。
──障害の有無に関係なく、すべての人がスポーツに参加できる機会を増やすことは、東京オリンピック・パラリンピックが目指す「レガシー」だったはずです。
メディアの報道では、どうしてもトップアスリートに注目が集まりがちです。もちろん、トップ選手たちの活躍は、パラスポーツの認知度向上に大きく貢献しています。
一方で、日本には約1160万人の障害者手帳の保有者がいて、全人口の9.6%に相当します。その多くは、パラリンピックを目指さない人ですが、その人たちが日常的にスポーツに参加するために何が必要なのかという議論が十分ではないように思います。まずは、障害者が日常生活で不利益を感じることなく社会生活を送れること。そのうえで、障害者が日常的にスポーツできる環境を築く。それがないと、障害者のスポーツ参加が進むのは難しいでしょう。
5万もの公共スポーツ施設に対し障害者専用優先のスポーツ施設は全国に150施設
──障害者がスポーツ施設を利用しようとすると、身近な地域にない場合が多いそうです。
日本の場合、障害者は社会から隔離される政策が歴史的に進められてきました。特別支援学校や障害者福祉施設は街の中心地から離れた場所にあるケースが多く、全国に29ある障害者スポーツセンターも、すべての施設がアクセスのよい場所にあるわけではありません。
──具体的には、どのような取り組みが必要なのでしょうか。
さきほど、日本には約1160万人の障害者手帳の保有者がいるとお伝えしました。私どもの調査では、全国に障害者専用・優先のスポーツ施設が150施設あることが分かっています。例えば、障害者手帳保有者の約半数が、週1回スポーツを実施するとした場合、1施設あたりの利用者数を考慮すると、最低でも1500ぐらいの施設が必要になります。
しかし、少子化が進む我が国では財政的制約も多く、今後を見据えた場合、障害者専用のスポーツ施設を新設していくことはむずかしい。そのため、現実的な取り組みとして、一般の公共スポーツ施設や民間スポーツクラブにおいて障害者が日常的にスポーツを楽しめる環境を整える施策が必要になります。
そこで、私どもは2010年より「施設ネットワーク」を提唱してきました。施設ネットワークは、「障害者スポーツ推進には、地域の障害者スポーツ施設が拠点(ハブ施設)となり、近隣の公共スポーツ施設(サテライト施設)や地域のその他社会資源とのネットワーク化を進め、スポーツ参加の受け皿を増やす」取り組みです。
実際に、この施設ネットワークの考えに基づき、2024年度は東京都江戸川区と福岡県北九州市でモデルプログラムを実施しました。実施にあたっては、ハブ施設の専門職、パラスポーツの支援をしているボランティアの人たちの役割も整理しました。江戸川区では重度障害者を対象にしたプログラムを実施、北九州市では障害者スポーツボランティアの活動に焦点を当てました。
障害者が身近な地域で気軽にスポーツができる環境づくりを
──目指しているのは、どのようなものでしょうか。
障害者が日常的にスポーツを実施するには、自宅や会社の近くなど身近な地域にスポーツできる施設があることが大切です。日本には約5万の公共スポーツ施設があります。公民館や福祉施設、学校などの地域の社会資源はさらに多くあります。これらのハブ施設、サテライト施設、地域の社会資源がネットワーク化し、障害者が身近な地域で気軽に参加できる環境づくりを進めていきます。
もちろん、すべての施設がバリアフリーなわけではありませんし、例えば、障害の程度が重い子どもが一般の公共プールで自由に泳ぐことは安全面を考えると現実的には難しいです。その場合は、専門の職員がいるハブ施設にすぐにつながれるようにします。一方で、障害の有無を問わず誰もが楽しめるスポーツは、地域の人たちの協力があれば参加できます。
施設ネットワークのモデルプログラムを通じて伝えたかったのは、すべての施設がハブ施設の機能を備えるべきということではなく、ハブ施設、サテライト施設、地域の社会資源がそれぞれの施設ごとに求められる役割にあわせて事業を展開し、ネットワーク化していくことが重要であるということです。
障害者の安全安心を考えた場合、馴染みのある場所、顔見知りの人がいるなかで一緒にスポーツする方が、本人や親にとって負担は最小限ですみます。施設ネットワークが実現できれば、地域で活動している人たちと障害者が繋がることになります。多くの地域で、障害者が気軽にスポーツできる環境が増えていくことにこそ、この取り組みの意味があると考えています。
取材・文:西岡 千史