「選手と伴走者の絆を武器に、“チーム”で戦う、視覚障がい者マラソン」

陸上女子100M(T11クラス)、視覚に障害の持つ選手と伴走者を繋ぐ紐=パラ陸上世界選手権アッセン大会・オランダ

陸上女子100M(T11クラス)、視覚に障害の持つ選手と伴走者を繋ぐ紐=パラ陸上世界選手権アッセン大会・オランダ

 リオデジャネイロ・パラリンピックから新たに採用される、視覚障がい者女子マラソン。誰が勝っても「初代女王」の称号を手にするレースに、日本から3選手が出場する――いや、「3選手と6人のパートナーが」と言うべきだろう。

 視覚に障がいがあり、一人で走るのが難しい選手は、目の代わりをするパートナー、「伴走者(ガイドランナー)」が不可欠だ。伴走者のいちばんの役割は選手を安全にゴールまで導くことだが、二人三脚でともにゴールを目指すのだから、伴走者も“出場選手”といえよう。多くの選手も、「マラソンは個人競技だが、伴走者と走るマラソンはチーム戦」であり、伴走者は「チームメイト」であり、「同士」だと話す。

 実際、伴走者も競技者として「IPC(国際パラリンピック委員会)登録」が必要で、競技規則にも従わねばならず、違反すれば、選手ともども失格となりうる。またドーピング検査の対象でもあり、日ごろから摂取する薬品やサプリメントには細心の注意が必要だ。一方で、選手がメダルを獲得すれば、伴走者は選手とともに表彰台に上がり、一定の要件を満たした場合(*)にはメダルが授与されるというように、その貢献度は評価されている。

 とはいえ、やはり、責任もプレッシャーも大きな役目である。伴走ペアには、伴走ロープの使用が義務付けられており、基本的には伴走者が選手のフォームやピッチに合わせる。その上で、進行方向や路面状況、ラップタイムなどを口頭で伝えながら、安全で適切なコース取りや他選手との距離を測り、選手が駆け引きを行うための情報も与えることなども期待されている。

 一般に担当する選手よりも伴走者のほうが持ちタイムがよく実力差があるとはいえ、42kmは誰にとっても楽な距離ではない。選手同様に日々のトレーニングが必要だし、レースに向けた体調管理も欠かせない。選手を不安にさせない「走力」は伴走者にとって絶対条件だ。

 また、選手とはレースだけでなく、日々の練習から長い時間をともに過ごすため、選手と分かり合うためのコミュニ―ケーション力も必要だ。パラリンピック出場ともなれば、数週間に及ぶ「合宿」のようなものであり、走るだけでなく、日常生活のサポートも伴走者の役目になる。慣れない遠征先で二人分の気配りが必要となる。

 さらに、数週間の遠征をこなすには、家庭や職場の理解も不可欠だ。それには日頃から周囲の信頼感を得て、応援してもらえる状況を自らつくっておかねばならない。そういった意味で、伴走者には豊かな「人間力」も求められるのだ。

力走する道下と伴走を担当する堀内規生さん(撮影:越智貴雄)

力走する道下と伴走を担当する堀内規生さん(撮影:越智貴雄)

メダルが期待される、女子

 さて、リオが初陣となる日本代表女子チームの選手は全員T12クラス(重度弱視)で、世界第2位の記録をもち、昨年の世界選手権で銅メダルを獲得した道下美里、今年2月の選考レースで自己ベストで2位に入って代表をつかんだ近藤寛子、そして、女子の視覚障がい者マラソンを長年牽引してきた、最年長61歳の西島美保子の3名だ。伴走者は、道下は前半を青山由佳さん、後半を堀内規生さんが務め、近藤は同じく日野未奈子さんと川嶋久一さんが、西島は溝渕学さんと鍵修一さんが担う。

 ちなみに、伴走者の交代は20km地点で行われるが、どんな風にリレーするかというと、予め後半担当者が交代地点に移動し、ペアの到着を待つ。そして、走ってきたペアの後方から近づき、タイミングを見計らって伴走ロープをつかみ、前半担当者がロープから手を離し、横によける形でペアから離れるという方法が一般的だ。

 安全にタイムロスのない交代が求められるので緊張する場面なのだが、実は、「この瞬間がいちばん好き」と話す選手や伴走者も多い。それは、“チーム3人”が42kmのなかで唯一、顔を合わせ、ロープを介して「つながり合える」貴重な一瞬だからだ。日々の苦しい練習を“チーム”として励まし合い、積み重ねることで育まれた「絆」がそう思わせるのだろう。

道下を伴走する青山由佳さん(右)と堀内規生さん(撮影:越智貴雄)

道下を伴走する青山由佳さん(右)と堀内規生さん(撮影:越智貴雄)

 もうひとつ、多くの伴走者が口にするのは、「自分は伴走者の代表。皆と一緒に走る」という意気込みだ。選手の走りを支えるのはレースに出場する伴走者だけでなく、たいていの場合、他に数多くの人たちが日々の練習を代わる代わる支えているからだ。真摯に競技と向き合い、目標に向かってひたむきに努力する選手たちのがんばりが、「支えたい」と思わせ、多くの人が集まってくるのだ。やはり、視覚障がい者マラソンは、「チーム戦」といえるだろう。

 リオでは、選手と伴走者たちは皆、「視覚障がい者女子マラソン」の初代出場者としてパラリンピックの歴史に名を刻む。誇りを胸に、笑顔のゴールを期待したい。

“お家芸”復活を目指す、男子

 一方、男子の視覚障がい者マラソンでは日本は過去に金メダリストも輩出しており、“お家芸”といえるだろう。北京大会ではT11(全盲)とT12が混合で実施するようにルールが変更され、初めてメダルも入賞も逃したが、ロンドンではメダルこそ逃したが、4位、5位、7位入賞と復調。リオではさらなる活躍が期待されている。

リオパラリンピックでマラソンと5000mに出場する和田(左)と伴走者の中田さん(撮影:越智貴雄)

リオパラリンピックでマラソンと5000mに出場する和田(左)と伴走者の中田さん(撮影:越智貴雄)

 リオ代表は3選手と2名の伴走者の計5名。T11(全盲)の和田伸也が伴走を務める中田崇志さんと行場竹彦さんと出場し、堀越信司と岡村正広はT12 で、それぞれ単独で走る。ルールではT11の選手は必ず伴走者と走らねばならないが、T12は視覚障がいの程度に応じて伴走者と走るかどうかを選手が選択できる。ちなみに、T13(軽度弱視)は必ず単独走でなければならない。

ロンドン大会5000mで銅メダルを獲得した和田(撮影:越智貴雄)

ロンドン大会5000mで銅メダルを獲得した和田(撮影:越智貴雄)

 和田は前回ロンドン大会でも中田さんと走り、5000mで銅メダルを獲得した。2大会連続出場となるリオでも、マラソンに加え5000mと1500mにも出場予定だ。マラソンと違い、T11 単独で行われるので、全選手が伴走ペア同士。トラック越しの激しいとかけ引きや競り合いが見られるはずだ。

リオでの快走が期待される堀越(撮影:越智貴雄)

リオでの快走が期待される堀越(撮影:越智貴雄)

 堀越は実業団のNTT西日本に所属し、見えにくさはあるものの晴眼の選手に混じり、切磋琢磨している。3大会連続の出場で、ロンドンでは5000mで5位入賞を果たし、14年にマラソンに転向。昨年のIPCマラソン世界選手権で銅メダルを獲得した勢いで、リオでも快走が期待される。

北京大会では伴走者として走り、ロンドン大会では4位だったベテランの岡村(撮影:越智貴雄)

北京大会では伴走者として走り、ロンドン大会では4位だったベテランの岡村(撮影:越智貴雄)

 岡村は日本記録保持者のベテランで、実は、北京大会では伴走者として出場経験がある珍しい経験をもつ。視覚障がいが進み、ロンドンでは選手として出場し、4位入賞を果たした。暗いところではかなり見えにくいそうで、明るい公園内を一人で何周回もできる粘り強さが強み。リオではロンドン越えのメダル獲得を狙う。

選手、伴走者たちは皆、日本盲人マラソン協会に所属しており、ここ数年は毎月のように合同合宿を行ってきた。厳しい練習を通じて磨いてきた信頼関係と「チーム・ジャパンとしての力」も武器に、男女とも日本の強さを世界に知らしめす走りを見せてほしい。

 視覚障がい者マラソンはフォート・コパカバーナ周辺の特設コースを舞台に、現地時間18日午前9時に男女一斉にスタートする予定だ。

(*)5000メートル以上の種目では2人のガイドが認められ、交代場所はトラック種目ではバックストレート、マラソンは10km、20km、30kmのいずれかの地点と定められている。ただし、伴走者にメダルが授与されるのは、伴走者のエントリーが1人のみで、その伴走者とともに完走を果たした場合に限られている。

(文/星野恭子)