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競技レポート

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瀬立モニカ、4年後の雪辱を誓う涙 リオパラリンピック

決勝に進出した果たした瀬立モニカ=大会8日目(撮影:越智貴雄)

決勝に進出した果たした瀬立モニカ=大会8日目(撮影:越智貴雄)

 リオパラリンピックの大会9日目にあたる15日、今大会から初めてパラリンピックの正式競技となったカヌーの女子スプリント・カヤックシングル(KL1クラス)決勝が行われ、瀬立モニカ(筑波大)は8位となった。前日、「決勝では暴れるくらい思い切り漕いで、他の選手を驚かせたい」と語っていた瀬立。その言葉通り、決勝ではスタートから思い切り漕ぎ出し、積極的なレースを見せた。しかし、世界との差は大きく、最後にゴール。直後のインタビューでは涙をこらえきれなかった――。

キリスト像があるコルコバードの丘が見渡せるフレイタス湖で行われたパラカヌー(撮影:越智貴雄)

キリスト像があるコルコバードの丘が見渡せるフレイタス湖で行われたパラカヌー(撮影:越智貴雄)

過去の教訓が活かされた準決勝

「予選はとにかく漕いで、準決勝はちゃんと試合をする。そして、決勝では暴れる」
 これが西明美コーチと立てた今大会のプランだった。果たして――。

 今大会は5人1組の予選2レースが行われ、各組上位2人はストレートで決勝へ進出。残り6人で準決勝を行い、上位4人が決勝へと駒を進めることができた。

 前日の14日、予選で4位となった瀬立は、準決勝にまわった。その準決勝、予選ではうまくいったスタートのタイミングが合わず、やや出遅れるかたちとなった。だが、「イタリアの時みたいに、落ち込むことはなかった」と瀬立。実は、瀬立にはスタートで失敗し、大きく崩れた苦い経験がある。それは昨年、イタリアで行われた世界選手権でのレースだった。

 初めての国際大会ながら、決勝に進出した瀬立は、ファイナリストの9人中6人にリオデジャネイロパラリンピックの出場権が与えられる大事なレースに臨んだ。そのスタート直前、瀬立には笑顔が見られていた。だが、実際は大きなプレッシャーに押しつぶされそうになっていたのだ。

 スタートの合図とともに、ファイナリストたちが一斉にパドルを漕ぎ始めた。すると次の瞬間、瀬立の艇が右に逸れて行った。艇の進路方向を修正するために、瀬立は一度スピードを落とさざるを得なかった。その間、みるみるうちに他の艇に引き離されていった。トップから約12秒後、瀬立は最下位でゴール。いったい、スタートで何が起きていたのか。

「一瞬、スタートが失敗して出遅れたと思ったんです。それで、『あぁ、もうダメだ』と思ったら、どんどん右の方に行ってしまいました」

 当初、スタートでの出遅れは、技術的なミスだと考えていた。しかし、後にビデオで検証すると、スタートのタイミングは決して悪くはなかった。にもかかわらず、自分はなぜ「失敗した」と感じたのか。原因はメンタルの弱さにあった。

「あの時、私は無意識に勝負から逃げてしまった。だから、勝手に失敗したと思い込んだんです。漕ぐ人の気持ちが曲がれば、艇も曲がる。最低のレースをしてしまいました」

 技術的なことだけではなく、いかにメンタルが重要かを痛感した瀬立。この時の教訓が、今回、パラリンピックの舞台でしっかりと活かされていた。準決勝、漕ぎ出すタイミングを失敗し、スタートで出遅れたが、気持ちは決して崩れることなく、プラン通りに最後まで「試合をする」ことに集中した。

「しっかりと強い気持ちで、立て直すことができました」と瀬立。艇は真っすぐにゴールへと進み、予選を約1秒上回るタイムで、決勝進出を決めた。

決勝に進出した果たした瀬立モニカ=大会8日目(撮影:越智貴雄)

決勝に進出した果たした瀬立モニカ=大会8日目(撮影:越智貴雄)

悔しさを胸に、2020年東京へ

「自分はプレッシャーに本当に弱い」といつも語っていた瀬立だが、予選、準決勝を終えてミックスゾーンに現れた彼女は、トレードマークの明るい笑顔に溢れていた。

「めちゃくちゃ、楽しかったです!決勝にも進むことができて、このパラリンピックの舞台で3本もレースをすることができることが嬉しくて仕方ありません。東京に向けて決勝進出という最低ラインをクリアできたので、明日はレースを楽しむだけ。自分は追う身なので、暴れて、世界をびっくりさせようと思っています」

 そうして迎えたこの日の決勝、スタート直前には「モニカコール」が響き渡り、それに押されるようにして、タイミングよく、最高のスタートを切った。決勝という大舞台で、練習の成果を発揮することができたことに、瀬立も大きな手応えを感じていた。

 しかし、真横から吹き付ける風にあおられ、後半は体勢のバランスを崩し、イメージ通りの「暴れる」漕ぎは十分にはできなかった。結果は8人中8位。2日間にわたる、パラリンピックの戦いを終えた瀬立には、複雑な思いが募っていた。

 ゴール後、ミックスゾーンに現れた瀬立の表情は、前日とは一変していた。ぎりぎりのところで感情をコントロールしながらも、その目からはこらえきれず、涙が溢れていた。その理由を、瀬立は素直にこう表現した。

「パラリンピックの決勝の舞台で漕ぐことができたという嬉しさと、あとはやっぱり最下位だったので、すごく悔しい気持ちとが入り混じっていて、よくわかんないです……」

 今大会、同じクラスではアジアで唯一の出場となった瀬立。どれだけ貴重な経験をしているか、そのことを考えれば、喜びは大きかった。だが、最後は自らの力不足が露呈したレースになったことで、悔しい気持ちの方が上回っていたように感じられた。

「東京では決勝でビリだった今回の雪辱を果たし、表彰台に立つために、明日からしっかりと頑張っていきたいと思います」

 瀬立モニカ、18歳。東京への歩みは、このリオの地でもう既に始まっている――。

(文・斎藤寿子)

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