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パラコラム

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もうひとつのパラリンピック? 第1回サイバスロンスイス大会レポート

 人の神経と骨に組み込まれたインプラント義手、膝の部分にモーターを内蔵した義足、路面の傾斜を車輪のセンサーで察知しながら進む電動車椅子ーー。そんな最先端の技術を駆使しながら障がい者たちがスキルやスピードを競い合う、近未来的な光景が繰り広げられた。スイスのチューリッヒで10月8日に開催された世界初のサイバスロン大会でのことだ。

道具に動力使用可能なパラリンピック?

強化義足カテゴリーには飛び石を踏み外さないようにしなければならないタスクがある(撮影:越智貴雄)

「サイボーグたちのオリンピック」と呼ぶ人もいるこの大会、チケットは完売し、スタジアムにはおよそ4600人が集まった。しのぎを削る競技者たち。観客の応援にも力が入る。だが、オリンピックはもちろん、パラリンピックとも毛色が違うことに気づく。

 例えば、強化義足のカテゴリーにおける競技者の最初のタスクは、ソファーに座り、立ち上がること。これを5回繰り返す。さらに飛び石を踏み外さないように歩き、物を運びながら階段を上り下りする。いずれも多くの義足使用者にとって、日常生活でこなしづらい動作だという。

「競技はポイント制だし、タイムも計ります。でも、最速、最強であることよりも、日常生活の動作におけるスキルの質に、注目するのです」と話すのは、主催者であるスイス連邦工科大学チューリッヒのロバート・リーナー教授。

主催者のねらい

 大会主催のねらいは、障がい者アシストのための技術開発を活発化させること、そして障がいを持つ人が日常体験していることへの一般の理解を広めることだという。

 今大会には、合わせて66のチームが25か国から集まった。スイスやドイツなどヨーロッパ諸国をはじめ、ペルーやメキシコ、アジアからは韓国やインド、日本からは3つのチームが参加した。

日本から元パラリンピアンもパイロットとして参加

和歌山大学チームのパイロットをつとめた北京パラ金メダリストの伊藤智也(撮影:越智貴雄)

 和歌山大学のチームRT-Moversは、強化車椅子レースに出場。パイロットに迎えたのは、北京パラリンピック車椅子陸上金メダリストである伊藤智也選手だ。

 強化車椅子レースは四肢麻痺や対麻痺の人が参加できる、電動車椅子を使った競技。等間隔に置かれたポールの間を縫うように進んだり、凸凹の路面を走ったり、階段を上り下りしたりしながらゴールを目指すというもの。

和歌山大学チームと、パイロットをつとめた伊藤智也(中央)(撮影:越智貴雄)

 伊藤選手らはあいにくメダルは逃したが、12チーム中4位と健闘した。 パラリンピックとサイバスロンを両方体験した同選手は、「パラリンピックはやはり肉体の競技ですけれど、サイバスロンは、わかりやすく言うと自動車レースと似たところがありますね。機械とドライバーのテクニック、これらが本当に一つにならないとスタート&フィニッシュできないから」と比較する。

 大会で乗ったのは、RT-Mover P Type WAというモデルだ。4つの車輪が独立して路面に対応できるのが特徴。車椅子での移動には大きな障害となる段差やスロープを克服し、利用者の行動範囲を広げるのがねらいだ。

 同チームを率いた和歌山大学システム工学部の中嶋秀朗教授は、サイバスロンのユニークな立ち位置に大きな可能性を見出しているという。「ロボット技術を競う有名な大会もありますが、仮想設定の中でロボットだけが戦うという形です。その点サイバスロンでは、本当に技術を必要とする人たちが実際に使う状態で競い合う。ユーザーがそこにいることで、研究と実用のギャップが一気にせばまる。その意味は大きいと思います」

リーナー教授(撮影:越智貴雄)

サイバスロンの将来

 サイバスロンの将来についてリーナー教授は、 毎年小規模な大会を開きつつ、4年に一度の本大会では競技種目や開催日数を増やしていきたいという。次の大会の開催地については、「多くの国から申し出が来ていて、東京オリンピックの前後に日本で開催するという話も出ています。まだ不確定ですが 」と話す。

 より速く、より高く。そういった「超人」的な高みを目指すことだけが障がい者スポーツの目的ではなくなりつつあるようだ。今後さらに障がい者たちの声が技術開発に反映され、バリアフリーが進むようになっていくとしたら、その起爆剤の一つはサイバスロンだったと言えるかもしれない。

(文・小松原理和)

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