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パラコラム

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小さな島国アイスランドが生んだ世界的ものづくり企業「オズール」がパラスポーツを変えた / パラスポーツ進化論

ブレードを使う選手たちの記録は、年々、健常者の記録に近づきつつある(撮影:越智貴雄)

「LIFE WITHOUT LIMITATIONS」

 日本語に訳すと「限界のない人生」といったところだろうか。なんらかの要因によってかけられた限界を、人間の意志と技術の力で取り除く。アイスランドにある義肢装具パーツメーカーのオズール社は、この言葉を会社の理念に掲げている。

 オズールは、ドイツのオットーボック社と並ぶ競技用義足パーツの二大メーカーだ。パラリンピックに出場する義足選手の多くが、この二つのメーカーのどちらかの製品を使用している。

 2021年の東京パラリンピックでは、義足ランナー全員が薄い刃のような競技用の板バネ(ブレード)を装着して出場した。今となっては当たり前のブレードが初めて登場したのは1984年。その衝撃は大きかった。88年のソウル大会の男子100mは、前回大会の13秒台から1.4秒近く記録を縮めた。

クリストファー・ルコントさん(撮影:越智貴雄)

 クリストファー・ルコントさんは、オズールで20年以上にわたって競技用のブレード製作に関わってきた。今ではテクニカル部門の最高責任者だ。ルコントさんは、オズール社のブレードがパラアスリートから支持されている理由について、こう話す。

「選手にとって良いデザインのブレードがあり、オズールにはそのデザインを製造する能力があります。また、選手と一緒に、より良いブレードを作ろうとしています。だから、選手にとってのベストな製品になっているのだと思います」

ブレードの形は品質が向上するごとに変化していき、最近では曲線を組み合わせた形状でブレードの幅やカーボンの厚みも全て違う複雑な構造になっている。

 ブレードと地面が接着する部分のソールは、ナイキと共同開発している。もともとはパラ陸上選手のサラ・レイネルトセンが、陸上用シューズのソール部分を自らハサミで切り、手作業でブレードに貼り付けていたのだ。もっと選手にとって使いやすく、性能の良いソールはないか。ナイキとオズールの担当者でそんな話になり、両者が共同で新しいブレード用のソールを開発するプロジェクトが始まった。

「ナイキは世界的な大企業ですが、オズールと企業文化が似ているところがあるんです。良いデザインで、みんなのためになるものを作りたいという思いがある。そのためにスポーツ製品の開発にも力を入れている。サラのことがきっかけでソールの開発が進み、今ではゴム底のものからスパイクまで、いろんなバリエーションの製品が生まれました」

 近年、ナイキが発表した革新的商品の一つに、マラソン用の厚底シューズがある。この製品が登場した2010年代半ばからマラソンレースが高速化し、これまでは不可能と思われた2時間切りも視野に入っている。分厚いソールの中に入ったカーボンとソールのコンビネーションが新世代のシューズを生んだことで、パラ関係者の中には「ナイキの厚底シューズの誕生は、オズールが持っているブレードの技術の影響も大きかったはずだ」と言う人もいる。このことについてルコントさんに聞いてみると、笑いながらこう話した。

「エンジニアというのは、毎日の生活の中で、たとえば自動車を見たり、飛行機を見たりする時も仕事のことを考えている人たちなんです。だから、ナイキのエンジニアがどこから厚底シューズのアイデアを得たかは、私にはわからないですね。もし、オズールの製品からアイデアを得たのなら、本当に光栄なことです(笑)」

ドイツのマルクス・レーム選手が使用する、走り幅跳びに特化したブレード(撮影:越智貴雄)

 2021年の東京パラリンピックでは、男子走り幅跳びのマルクス・レーム選手らとブレードの共同開発をし、パラリンピック3連覇をサポートした。マルクス・レームは走り幅跳びで8メートル62センチの世界記録(2022年にはIPC非公認で8メートル66センチを記録)を持っている。陸上男子走り幅跳びの世界記録はマイク・パウエルが持つ8メートル95センチだが、30年以上破られていないこの記録を超えるのは、マルクス・レームではないかと言われている。

 共同開発したブレードとは、どのようなものだったのだろうか。

「走り幅跳びで大切なのは、助走で早く走ることと、ジャンプをする時の最後の一歩です。ジャンプをする時に、義足には5000ニュートン(約510kg)の力がかかります。ただ、最後の一歩にフォーカスしすぎると、ブレードが固すぎて助走のスピードが遅くなってしまう。助走のスピードを保ちつつ、最後の一歩で力をちゃんと伝えて、長い距離を跳べるようにするバランスを保った結果、走り幅跳びに特化した特徴的なデザインが生まれました。」

 こういった最先端のブレード製作の技術は、日常用の義肢装具パーツ製作にも応用されている。また、競技用義足の難しいところは「試験」にあるという。もし、テスト段階で製品が壊れてしまったら、テストに協力してくれたアスリートに大きなケガをさせ選手生命を奪う可能性もある。そういったリスクを回避するためのテストの技術の進歩も、ブレード製作の過程では欠かせないのだという。

「LIFE WITHOUT LIMITATIONS」を実現するための技術は、日々進歩している。ルコントさんは、世界最先端の義足パーツを製作することの楽しさを、こう語ってくれた。

「実際に商品化されると、目に見えて歩く距離が長くなって、これまでできなかったことができるようになるんです。それがとてもうれしいこことで、私の情熱もそこから来ているのだと思います」

「炎と氷の国」と呼ばれるアイスランドは、北海道と四国を合わせたほどの面積しかない。男女平等の制度が進んでいて、男女格差の度合いを示すジェンダーギャップ指数では9年連続で世界トップ(日本は116位)。読書が好きで一人当たり本の購入額も世界トップ、ビョークやシガー・ロスなど、世界を舞台に活躍するミュージシャンの故郷でもある。また、漁業と金融業で国民の収入は高く、平均収入は世界3位の7万2047ドル。同24位の日本と比べると1.8倍の収入がある。夏は白夜、冬季はオーロラを見るために、近年は観光地としての人気も高まっている。

 それでも北極圏にある島国なので、人口は約37万人しかいない。オズールは、そんな小さな国から生まれた世界最先端のものづくり企業である。世界で活躍するパラアスリートを、地球最北の首都であるレイキャビックから支えている。

取材・文:西岡千史

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