金メダルの裏側で紡がれた、もうひとつの物語 名将が目に涙を浮かべた選手たちの想い【車いすラグビー 】

パリ大会の金メダルを手に、池選手(左)と橋本選手(右)が、恩師ケビン氏に会うためアメリカを訪れた(写真提供:ロブネット美子さん)
若手育成を目的とした車いすラグビーの国際大会「SHIBUYA CUP 2025」が、4月18日から20日まで国立代々木競技場第一体育館で開催された。世界の強豪国から集まった若き選手たちの中で、橋本勝也選手はチームキャプテンとしてコートに立ち、パリ・パラリンピックでキャプテンとしてチームを率いた池透暢選手はアシスタントコーチとしてチームを支えた。2人が見つめる先には、28年ロサンゼルス・パラリンピックという、次なる挑戦の舞台が広がっている。
この戦いのほんの数週間前──。池選手と橋本選手のふたりはハードなシーズンの合間に、静かにアメリカへ飛んでいた。目的はただひとつ。自身の競技人生を語るうえで欠かすことのできない人物に、金メダルを届けるために。
静かなレストランで行われた小さなサプライズは、アスリートとして、そして人として、心を解きほぐすような時間だった。その瞬間、何が起きたのか。金メダルの先に続く、かけがえのない物語をお届けする。

サプライズで元ヘッドコーチ・ケビン氏(中央)を訪れた池選手(左)と橋本選手(写真提供:ロブネット美子さん)
想像もしていなかった突然の対面に、金メダル獲得の基盤を築いた名将はぼう然として言葉を失った。状況を理解した彼の目には、うっすらと涙が浮かんでいた──。
昨年に開催されたパリ・パラリンピックで、車いすラグビー日本代表で初となる金メダルを獲得した池透暢選手と橋本勝也選手が、元日本代表ヘッドコーチのケビン・オアーさんに優勝報告をするため、今年2月にサプライズ渡米した。
ケビンさんは2017年にヘッドコーチに就任し、18年の世界選手権で日本代表を初優勝に導いた名将だ。試合中は顔を真っ赤にしながら選手たちを鼓舞する一方で、どんな苦境に陥っても平常心を失わない精神力、そしてそれを可能にする緻密な戦略とあらゆる状況を想定したトレーニングを選手たちに教え込んだ。

車いすラグビー、元日本代表ヘッドコーチのケビン・オアー氏(中央)=2019年の国際大会(撮影:越智貴雄)
東京パラリンピックで銅メダルという悔しさが残る結果に終わったあとも、悲願の金メダルを目指して日本とアメリカを往復しながらチームを指導していた。だが、合宿や遠征など頻繁な長距離の移動が体力的に難しくなり、惜しまれながら2023年7月に退任した。
パリ・パラリンピックではアメリカの自宅からの応援となったものの、試合後にはビデオ通話をつないで選手たちを讃え、悲願の金メダルを一緒に喜んだ。
今回の訪米は事前にケビンさんに知らせることなく、池選手と橋本選手のサプライズで行われた。ケビンさんの妻ステファニーさんの協力を得て、アラバマ州レイクショア近くのレストランにケビンさんを連れてきてもらうと、飲み物に続いて白色の布ナプキンが添えられた1枚のお皿が運ばれてきた。レストランの店員が「あなたにサプライズがあるの」と話かけられたケビンさんがナプキンを取ると、そこには2つの金メダルが。「ん、このメダルはパリのもの?」と不思議そうに手に取った瞬間、店内に隠れていた池選手と橋本選手がケビンさんの左右に登場した。
直前まで妻と楽しく話していたケビンさんは一瞬言葉を失ったが、状況を理解すると満面の笑顔に。日本語で「スバラシイ!」と久しぶりの対面を喜んだ。

若手育成を目的とした「SHUIBUYA CUP2025」でアシスタントコーチを務めた池選手(撮影:越智貴雄)
2つの金メダルをケビンさんの首にかけると、橋本選手が「金メダルを持って、すぐにでもケビンにお礼に行きたかった。遅くなってしまったけど、やっと実現できました」。すると、ケビンさんの目にも涙が浮かんだ。池選手も「ケビンが金メダルに導いてくれた」と感謝を伝えると、名将らしく「選手とスタッフ、みんなで勝ち取ったんだよ」と日本代表チームのパリ・パラリンピックでの活躍をたたえた。
サプライズを成功させたステファニーさんも涙を流しながら「ケビンがこんなにうれしそうにしている姿を見たのは久しぶりでした」と喜んだ。

若手育成を目的とした「SHUIBUYA CUP2025」でチームキャプテンを務めた橋本選手(右)(撮影:越智貴雄)
2人は、訪米前日まで海外代表チームも参加したジャパンパラ車いすラグビー競技大会に出場し、優勝を決めてきたばかり。それでも疲れを見せることなく、金メダルを獲得した日本代表の未来について、ケビンさんと熱く語りあった。
文=ロブネット美子
編集協力=西岡千史