カンパラプレス

パラコラム

パラコラム

「21歳の挑戦」〜陸上・鈴木朋樹〜

IPC陸上世界選手権での鈴木(中央)の走り(撮影:越智貴雄)

IPC陸上世界選手権での鈴木(中央)の走り(撮影:越智貴雄)

 鈴木朋樹にとって、2015年は飛躍の年となった。国際大会デビューとなった5月のIPCグランプリシリーズ(スイス)では、800メートル、1500メートルともに自己ベストをマーク。9月には世界選手権(カタール)に出場した。同大会にはリオデジャネイロパラリンピックを1年後に控えて世界のトップランナーたちが集結していた。そんな中、鈴木は800メートルで予選を突破し、準決勝に進出。残念ながらファイナリスト8人には入れなかったものの、予選では世界記録保持者をスタートでリードしてみせ、世界に存在をアピールした。“国内”から“世界”へと羽ばたき始めた鈴木。強化指定選手としては初めて迎えるパラリンピックイヤーの今年は、さらなる飛躍を遂げるつもりだ。

トレーニング中の鈴木(撮影:越智貴雄)

トレーニング中の鈴木(撮影:越智貴雄)

東京マラソンで見えた手応え

「今年は昨年以上に、いい感覚があります」
 落ち着き払って語られたその言葉からは、調子の良さを伺い知ることができた。いよいよ始まるパラリンピック出場をかけた戦いに、鈴木は静かに闘志を燃やしているようだった。鈴木がパラリンピックの切符を獲得するためには、6月5日のジャパンパラ終了時の世界ランキングや記録が重要となる。残り約1カ月が勝負だ。

 昨年、“世界選手権出場”という目標を掲げ、それを達成した鈴木だったが、世界の舞台で何より感じたのは海外選手との体の大きさの違いだった。そこで冬のオフシーズンは、一から体を鍛え直そうと、ウエイトトレーニングを行い、あらゆる部分の筋力を強化してきた。そして春に向けて次第にウエイトから走り込み重視のメニューへと移行。走りに必要な筋力だけを残し、余計な筋力をそぎ落としていくという作業を行ってきた。

トレーニング中の鈴木(撮影:越智貴雄)

トレーニング中の鈴木(撮影:越智貴雄)

 すべて自らが考え、試行錯誤しながらのトレーニング方法だったが、これがいい方向へと進んだ。そのことが感じられたのは、今年2月28日に行なわれた東京マラソンだ。車いすの部は、今年初めてIPC(国際パラリンピック委員会)公認の国際大会として行われ、リオデジャネイロパラリンピックのマラソン選考レースでもあった。当然、マラソンをメインとするランナーたちは、この日に照準を合わせて来ていた。

 だが、鈴木がメインとしているのは800メートル、1500メートルのトラック競技。東京マラソンは海外選手たちと走ることのできる数少ないチャンスとして、“学びの場”という意味合いが強かった。体の仕上がり具合も、まだ途中段階にあった。

トレーニング中の鈴木(撮影:越智貴雄)

トレーニング中の鈴木(撮影:越智貴雄)

 ところが、彼はゴール終盤まで先頭集団の中で走り、40キロ過ぎには先頭に立って集団を牽引。一躍、リオ行きの切符を獲得することのできる“日本人トップ”に躍り出た。しかも、その表情には余裕があった。実際、ほとんど疲労を感じてはおらず、「このまま行けるかもしれない」という気持ちがあったという。しかし、最後の上り坂でアタックを仕掛けた選手に付いて行くことができず、結局は5位でゴール。実は、終盤にいくつも続く上り坂を数え間違え、最後の坂を頭に入れていなかったのだという。「あ、もう一つあったんだ……」。そう気付いた時には、既に時遅し。アタックに対しての対応が一瞬遅れ、あっという間に後続のランナーに追い抜かれてしまった。

 しかし、鈴木にとっては得たものの方が大きかった。
「調子を100%合わせたわけではないこの時期に、海外選手や日本のトップ選手たちと競り合うレースができたのはとても自信になりました。オフのトレーニングの効果が出ていることを感じられたことが一番の収穫です」

 今後照準を合わせたレースでは、どんな走りを見せるのか。鈴木自身も期待に胸を膨らませている。

師匠の花岡(右)と談笑する鈴木(撮影:越智貴雄)

師匠の花岡(右)と談笑する鈴木(撮影:越智貴雄)

“師匠超え”で世界へ

 鈴木には、尊敬してやまない“師匠”がいる。2004年アテネパラリンピック、2012年ロンドンパラリンピックに出場し、いずれもマラソンで入賞した花岡伸和だ。同じ千葉県に住んでいるという縁で、鈴木が小学生の時から目をかけてもらっている。
 「僕は小さいころから、ずっと花岡さんの背中を一直線に追い掛けてきました」
 鈴木には国内のトップ選手として世界の舞台で活躍する花岡の姿がまぶしく見え、憧れの存在だった。 

 その“師匠”がロンドンパラリンピック後、陸上選手としての終止符を打った。未練など微塵も感じられない、さわやかな引退宣言に、鈴木は心を打たれたという。
 「花岡さんの潔さが、本当にかっこいいなと。僕もいつか同じようにして競技人生を終えたいと思いました」
 花岡というランナーの生き様に、鈴木はあらためて惚れ直した。

21歳の鈴木朋樹(撮影:越智貴雄)

21歳の鈴木朋樹(撮影:越智貴雄)

 そして鈴木には今、超えたいと思う目標がある。昨年5月まで1500メートル(※T45クラス)の日本記録だった花岡の自己ベスト2分59秒84というタイムだ。現在、鈴木の自己ベストは昨年5月のIPCグランプリシリーズ(スイス)で出した3分0秒86。花岡に追いつくには、あと1秒だ。そこに到達した時、本当の意味での“世界との勝負”が待っていると考えている。

 パラリンピック出場に向けて、鈴木が最大の勝負どころと考えているのが、5月のIPCグランプリシリーズ(スイス)だ。同大会の競技場は、車いすランナーにとって比較的記録が出やすいと言われ、そのために世界のトップランナーたちが記録を狙いにこぞって集結することが予想される。鈴木にとってもパラリンピック出場の切符を引き寄せる最大のチャンスだ。4月30日、5月1日にコカ・コーラウエストスポーツパーク(鳥取)で行なわれる日本選手権は、その弾みとなる走りをするつもりだ。

 いよいよ、リオデジャネイロパラリンピック出場をかけた戦いの最終章の幕が上がる――。

(文・斎藤寿子、写真・越智貴雄)

(※)選手は障がいの「種類」「程度」によってクラス分けが行われ、各クラスごとに競う。「T」はトラック競技をさし、「54」は「両手機能が正常で、体幹機能が部分的から正常に機能するもの」あるいは「足最小障害基準(MDC)に定められた障害が少なくとも一つ以上あるもの」。(IPCクラス分けマニュアル2016年度版参照)

page top