NEXTスポーツ 「サイバスロン」
激しい凹凸や傾斜のあるコースを一心に進む4機の電動車いす。ハイテク車いすレース決勝の終盤、リードするのは四肢麻痺の香港人女性選手。だが最後の難関、階段の上り下りではキャタピラ状の車輪が思い通りに動かない。すると、安定したスピードで追い上げてきたスイスチームの男性選手が、タッチの差で階段を下りきって逆転優勝を決めた。割れんばかりの歓声がアリーナに響きわたるー。
昨年10月、スイス・チューリッヒで開催されたサイバスロン大会で目にした光景は熱かった。
サイバスロンとは、参加者がどんなテクノロジーを使うことも許される、障がい者のための競技大会。最先端のロボット工学や生物機械工学の技術をあしらった義足や義手など、ハイテク補助装置を使ってスピードやスキルを競い合う。スイス連邦工科大学(ETH)チューリッヒによって開催された。
競技種目は6つ。脊髄損傷や脳卒中などのために体が麻痺した人たちの神経に、電気信号を送ることで筋肉を動かしてペダルを漕いでいく自転車レースや、同じく全身麻痺の選手たちが脳波、つまり意識の力だけでコンピューター上のアバターを走らせる、極めてバーチャルなBCI(ブレイン・コンピューター・インターフェイス)レースなどがある。
冒頭の車いすレースでは、路面の傾斜を車輪のセンサーで察知しながら進むもの、車輪とキャタピラ両方を搭載して路面に応じて使い分けるもの、傾斜に合わせて操縦士のシートを移動させて重心をシフトできるものなど、バラエティーに富んでいた。
「勝てたのはマシンと私の相性が良かったからでしょう。F1のような自動車レースと似ていると思いますね」。この種目で優勝した、チームHSR Enhancedのパイロット、フロリアン・ハウザーさんは振り返ってこう語った。事故で四肢麻痺となってまだ2年というが、巧みな操縦を見せていた。「サイバスロンは身体能力と技術力が両方必要とされる、“次世代“の競技大会です 」。
近未来を思わせるようなテクノロジーが、すでに現実に存在していることに驚く。ハイテク義肢を使う種目では、利用者の腕の骨や筋肉、そして神経に直接組み込まれているインプラント義手や、ユーザーの歩き方を記憶できる義足などが登場した。
「自分のチームの技術力を確かめられるだけでなく、いわば人類全体の進歩の度合いがつぶさに見られるのがいいですね」と、興奮気味に話していたのはアイスランドから義足レースに参戦したオズール社チームのエンジニア、マグヌス・オッドソンさん。「地球上で最も優れたテクノロジーがここに集結しているのです。私たちもやる気を刺激されますし、若いエンジニアたちを触発するいい機会になるでしょうね」。
大会には、大学や企業に所属する66の研究開発チームが、25か国から集まった。参加国はスイスやドイツなどのヨーロッパ勢に、北南米からはアメリカやペルー、そしてアジアからは韓国やインドが加わった。日本からは3つのチームが参加した。
サイバスロンの発案者であるETHのロバート・リーナー教授によると、大会主催のねらいはふたつある。まず、障がい者の身体的バリアーを取り除くための技術開発を活発化させること。もうひとつは、障がい者が日常で体験している不自由さを観客に見てもらうことで、一般の人たちの理解を深めることだ。
「私たち科学者やエンジニアが、当事者である障がいを持つ人や、医療関係者、そして一般の人々と対話を続けることが大事。障がい者の社会参加をより可能にしていくためです」。それがリーナー教授が見据える最終目標だ。
興味深いのは主催者たちがサイバスロンをあえて“スポーツ”とは呼んでいないことだ。「もちろんスポーツ大会と似ているところもあります。競争はあるし、ポイント制で、タイムも計ります。でも、スポーツではない。最速、最強であることよりも、日常生活の動作の質に注目しているのです」。
サイバスロンでは参加選手たちを呼ぶときに“アスリート”ではなく、“パイロット”という言葉を使うのはこのためらしい。
“日常”という言葉はサイバスロンを語る上でのキーワードといっていいのかもしれない。例えば、義手の障害物レース。クリアすべきタスクは、洗濯バサミで服をロープにかけ干す、パンをナイフで切る、積み重ねられた荷物を落とさず運ぶなど、まさに日常生活に根ざしたものがほとんど。
また、強化義足のカテゴリーにおける競技者の最初のタスクは、ソファーに座り、立ち上がるという動作を5回繰り返すというもの。さらに、飛び石の上を歩いたり、お皿の上の丸いリンゴを落とさぬようバランスをとりながら階段を上り下りしたり。こうした一見単純な動作と、パラリンピックで疾風のように走る義足の選手たちのイメージとのギャップに、つい首をひねってしまう。
でも、これらはいずれも多くの義足使用者にとって、こなしづらい動作なのだと知ってハッとさせられた。リーナー教授は言う。「パラリンピックで速く走れるほど進化した義足があっても、ソファーに腰かけたり、階段を上ったりするための技術はまだまだ遅れています。もっと実用性のあるテクノロジーを開発する必要があるのです」。
車いすレースの優勝者、ハウザー選手が語った言葉も印象的だった。「とてもエモーショナルな1日でしたよ。レースはすごい接戦でしたから。でも、私にとって勝ち負けは重要ではありません。開発に参加しているのは、自由を勝ち取るため。目標はそれだけです。障がいを持つ私たちがもっと自由になれるようにね」。
チケットは完売で、アリーナに集まった4600人の観客は始終エールを惜しまなかった。大会後、会場を後にする人たちは、観客も参加者もみんなニコニコ顔。その場にはいつまでも多幸感が漂っていた。
その理由はなんだろう?不可能だと思われていたことが可能になる瞬間、そんなブレイクスルーがたくさんあったからではないか。それをやってのける人も見守る人も、同じように希望を見たのだ。オリンピックやパラリンピックにあるような、アスリートそれぞれの“個“の勝利もいいけれど、サイバスロンが体現していたのは何かもっと大きな夢だという気がする。最新テクノロジーがもたらす、不自由のないバリアフリーの未来。人類が共有する夢が少しずつ達成されていくのを見る喜びと興奮。次回のサイバスロンへの期待が大きく膨らんだ。
(取材・文:Riwa Komatsubara)