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世界初 完全下半身まひの元ダンサーが、再び立って踊り始めた スイス最新ロボット技術の衝撃

下半身完全つい麻痺の、ダンサーのシルケ・パンさんが、パワードスーツを使い、再び立って踊った(撮影:越智貴雄)

 車いすで暮らしていた少女が、アルプスの大自然の中で生きる人たちに励まされ、最後は一人で立てるようになる──。アニメ『アルプスの少女ハイジ』でクララとハイジが抱き合う場面は、日本のアニメ史に残る名シーンだ。ただ、回復可能な病で一時的に歩行障害が起きていたクララとは違って、脊髄損傷で完全に下半身が動かない「つい麻痺」になった車いすユーザーは、医学的には生涯にわたって歩くことはできないと考えられてきた。ところが今、そういった患者たちが、最新のロボット技術によって自立歩行できるようになっている。世界最先端の技術を取材するため、スイスに向かった。

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 下半身麻痺の女性が、ゆっくりと車いすから立ち上がる。そして、共演するバレエダンサーと一緒に美しく踊り始めた。約5分間の踊りが終わった時、会場の雰囲気は一変していた。ある人は歓声を送り、ある人は涙を拭いながら、鳴り止むことのない拍手が続いた。

 スイス・ローザンヌ州で11月4、5日(現地時間)の2日間にわたって開催された「スイス・ロボティクスデー」で、イベントの最後を飾るステージに立ったのは、脊髄損傷で車いす生活を送るシルケ・パンさんだった。パンさんはサーカス俳優をしていた2007年、練習中の事故で下半身が動かなくなり、車いす生活を送っていた。

 その後、車いす競技のパラアスリートとして活躍するなかで、障がい者と最新テクノロジーの開発者が協力して日常生活の動作に挑む「サイバスロン競技大会」に参加し銀メダルを獲得した。モーターが搭載されたパワードスーツを身につけて自立歩行や階段を上る「パワードスーツ(外骨格)レース」に出場した。

サイバスロンTWIICEチームのパイロット、シルケ・パンさん(撮影:越智貴雄)

 それから6年経った2022年。パンさんはこのイベントでダンスを披露した。パンさんは「ずっと、ダンスをしたいと思っていたの。今日、それが実現できてとてもうれしい」と話す。

 歩行ロボットを開発したのは、スイスでパワードスーツを開発するベンチャー企業「TWIICE」最高経営責任者(CEO)のトリスタン・ボウガさんだ。米国デューク大学でロボット工学を学んだ後、スイスに戻って下半身麻痺の車いすユーザーのためのパワードスーツを開発している。ボウガさんによると、車いすユーザーが自立歩行をしながらダンスをするのは世界初だという。

 外骨格スーツの技術の進歩は急速に進んでいる。サイバスロンという障がい者のための新しいイベントを通じて技術が発展し、機械の軽量化も進む。ボウガさんは言う。

TWIICE」最高経営責任者(CEO)のトリスタン・ボウガさん(撮影:越智貴雄)

「彼女と一緒にこの機械を開発できたことは、とても素晴らしい経験でした。それは、どんな本を読むよりも、素晴らしい科学者と接するよりも、私にインスピレーションを与えてくれるものでした」

 下半身麻痺の人が自由に歩くことができるようになれば、世界は大きく変わる。機械のさらなる軽量化や歩行速度の上昇、安全性を高めることなど課題はまだ山積しているが、パンさんのダンスは新しい未来を想像させるものだ。ボウガさんは続ける。

「街を走る車について、誰もがそれを『道具』として見ています。それと同じように、私たちのロボット技術も世の中で当たり前のものになっていくでしょう」

 パンさんは、ボウガさんらの開発チームを「私の意見をいつもていねいに聞いてくれる。とても大切な友人なの」と話す。

 障がい者と開発者が一緒に技術開発して、最先端の技術を競うサイバスロンは、世界で急速に広まっている。2024年に開催予定の次回大会では、この日に見られた以上の感動が、会場に広がることになるだろう。

取材・文:西岡千史 通訳:すんみ

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