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パラコラム

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「世界の頂点を目指して下した決断」~陸上・辻沙絵~

リオでは、陸上400mで金メダルを狙う(撮影:越智貴雄)

リオでは、陸上400mで金メダルを狙う(撮影:越智貴雄)

 陸上に転向して、わずか1年半。小学5年生で始めたハンドボールで培ってきたスタミナと精神力、そして天性の才能を花開かせ、リオデジャネイロパラリンピックの切符を獲得したのが辻沙絵だ、彼女はれっきとしたメダル有力候補の一人である。その背景には、彼女のある2つの大きな“決断”があった。

辻は陸上に転向してわずか1年。メダル有力候補の一人で、そこに至るまでには、ある2つの大きな“決断”があった(撮影:越智貴雄)

辻は陸上に転向してわずか1年。メダル有力候補の一人で、そこに至るまでには、ある2つの大きな“決断”があった(撮影:越智貴雄)

触発された金メダリストの姿

「やっぱり金メダルを取るってすごいことなんだなぁ」
 センターポールに日の丸が掲げられ、スタジアムに国歌が流れる――昨年10月、目の前で繰り広げられた光景を、辻は今も鮮明に覚えている。それが、彼女の“アスリート魂”を揺り動かすきっかけとなった。

 2015年10月26日、世界選手権(カタール)5日目のその日、男子走り幅跳びでは山本篤が見事、優勝。表彰式で金メダルを首に下げ、誇らしげに表彰台の中央に立つ山本。その姿に、彼女の心は熱くなっていた。

「日の丸を見ながら、国歌を聞いている篤さんを見て、金メダリストってやっぱりかっこいいなって思ったんです。そして、私もああいうふうになりたい、と心から思いました」

辻が初めて出場した国際大会=2015IPC陸上世界選手権ドーハ大会(撮影:越智貴雄)

辻が初めて出場した国際大会=2015IPC陸上世界選手権ドーハ大会(撮影:越智貴雄)

 辻は初めての国際大会ながら、当時メインとしていた100メートルで、見事決勝に進出し6位入賞を果たした。陸上を本格的に始めて半年余りということを考えれば、快挙と言っていい。だが、辻自身に喜びはなかった。あくまでも彼女が目指しているのは世界の頂点。だからこそ、6位という結果に、世界トップとの距離を感じたのだ。

 そこで、彼女はある決断をした。短距離から中距離へのメイン種目の変更だった。
「400メートルのレースを見ていたら、トップの選手だけがずば抜けて速くて、2位以下は団子状態だったんです。そこでランキングを見ると、60秒を切っていたのはわずか2人。しかも、56秒台と59秒台。3位以下は、60秒を切っていなかったんです。これはいけるかもしれない、と思いました」

 実は辻は、中学時代に陸上大会に駆り出されたことがあった。出場したのは800メートル。そのため、中距離への抵抗はなく、どちらかというと自信を持っていた。
「練習さえすれば、必ず60秒を切ることはできる。そこからは努力次第だ」
 迷いなど、一切なかった。「金メダルを取りたい」。その一心での決断だった。

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世界選手権で気づいた“今やるべきこと”

 陸上を始める前、辻はハンドボール一筋だった。小学5年生から始め、中学卒業後は地元の北海道を離れ、茨城県の強豪校へ。2年時にはインターハイでベスト8に進出したほどの実績を持つ。そしてスポーツ推薦で日本体育大学に進学。まさにハンドボール漬けの青春時代を送ってきた。

 しかし、その裏でケガも多かった。中学、高校時代に計3回、膝の前十字靭帯を断裂し、手術を行った。医師からは「もう一度同じ部分を痛めたら、ハンドボールはできなくなるぞ」と言われたという。それでも迷うことなく大学でもハンドボール部に入った。その理由は、ただひとつ。「ハンドボールが好きだから」。

 そんな彼女が、パラ陸上に転向したのはなぜだったのか。きっかけは、ハンドボール部の顧問のひと言からだった。
「パラリンピックを目指してみたら、どうだ?」
 2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催が決定した直後のこと。顧問の先生にしてみれば、辻選手の身体能力があれば、きっと東京パラリンピックで活躍するに違いないという期待を持っての提案だったに違いない。

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 当初、あまり走ることが好きではなかったという辻だったが、実際に陸上を始めてみると、走るという動作にもさまざまな技術や要素が詰まっていることがわかり、奥深さを知れば知るほど、面白さを感じるようになっていった。そして、「やるからには上を目指したい」そんな気持ちが自然と湧き出て、徐々にパラリンピックへの思いを強くしていった。

 しかし、それでもハンドボールを辞める気にはなれなかった。そのため、ハンドボール部と陸上部を掛け持ちすることになり、学生寮に戻る頃には一滴も体力は残されていなかった。

「正直、もうヘトヘトで限界でした。体力的にはもちろんでしたが、それ以上に精神的にきつかった。性格的に、やるならとことんやりたいタイプなんです。なのに、ハンドボールも陸上も中途半場な感じで……。『これではダメだ』とわかっていましたが、それでも10年以上、人生を懸けてきたハンドボールを辞めるという決断は、なかなかできませんでした」 

 そんな彼女の気持ちを変えたのが、前述した世界選手権だった。
「金メダルを取った篤さんの姿を見て、私もあの金メダルが欲しい、と強く思ったんです。だったら、本気でやらなければダメだと。もちろん、ハンドボールが好きであることに変わりはありません。でも、今自分がやるべきこと、一番やりたいことは何なのかを考えた時、パラリンピックで金メダルを取ることだと。そうであるならば、陸上一本に絞ろう。そう決心しました。昨年の世界選手権は、一番大切なものに気づかせてくれ、大きな決断をさせてくれた。あの大会があったからこそ、今があると思っています」

 現在、400メートルで世界ランキング3位。金メダルは届かぬ夢ではない。

<辻沙絵(つじ・さえ)>

1994年10月28日、北海道生まれ。日本体育大学4年。先天性前腕欠損。小学5年の時にハンドボールを始め、中学卒業後は強豪校、水海道高(茨城)に進学。2年時にはインターハイでベスト8進出。スポーツ推薦で日体大に進学し、ハンドボール部に入部。ケガの影響もあり、3年時に顧問の勧めでパラ陸上に転向。国際大会デビューとなった2015年10月の世界選手権では100メートルで6位入賞を果たした。その後、400メートルをメインに。今年3月のグランプリシリーズドバイ大会では400メートルで日本新記録をマークし、優勝。現在、世界ランキング3位の400メートルでのメダル獲得に期待が寄せられている。

(文/斎藤寿子)

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