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パラ・世界選手権大会

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辻沙絵、激走の末の銅メダル! ~世界パラ陸上観戦記5~

 14日に開幕した「WORLD Para Athletics CHAMPIONSHIPS LONDON 2017」(世界パラ陸上競技選手権大会)」の最終日(23日)、400m(T47)決勝が行なわれ、辻沙絵(日体大)が銅メダルを獲得した。最後の100mで繰り広げられた米国選手とのデッドヒートを制し、3着でゴールした辻は、ぐったりとうなだれるように上半身を折り曲げた。それが何を意味していたのか、後にミックスゾーンで知った私は、ガッツポーズが出ると思っていた自分の浅はかさを思い知らされた気がした――。

スキップをするように軽快な足取りで、8レーンに向かっていく辻(撮影:越智貴雄)

400mへ、期待がふくらんだ200mの走り

 現地時間午前11時半、辻はさっそうとロンドンスタジアムのトラックに現れた。スキップをするように軽快な足取りで、8レーンに向かっていく辻の姿はひと言で言って「かっこよかった」。しかし聞けば、招集所では緊張で監督の胸の中で涙が出たという。それでもトラックに一歩入った時には、もう辻の気持ちは揺らいではいなかった。
「やるしかない」
 それだけだった。

スタート前、集中する辻(撮影:越智貴雄)

 8レーンに着くと、辻はグルリと首を回し、太腿を叩いた。トラックの向こう側では、走り幅跳びが行なわれており、イギリスの選手が優勝したことに大歓声と拍手が沸き起こっていた。
「この歓声を、辻はどんなふうに聞いているのだろうか……。それとも、集中していて聞こえていないのだろうか……」
 そんなことを思いながら、私は記者席で食い入るようにして、彼女の姿を見つめていた。

 私が彼女の走る姿を見るのは、実は昨年のリオデジャネイロパラリンピック以来だった。今シーズン、辻は多忙を極めたオフの日々が影響したのか、自らも「練習不足」と語り、ケガでスタートが出遅れた。そのため、6月の日本選手権が唯一の出場となったが、私は他競技の取材で日本を離れていて見ることができなかったのだ。

 そのため、彼女がこのロンドンでどんな走りをするのかは、まったく想像がつかなかった。もちろん、楽しみではあったが、正直に言えば、不思議と怖さのようなものもあったように思う。ケガの影響がどれほどなのか、どこまで調子を上げてくることができているのか、世界のトップランナーたちの中でどんなレースをするのか……何もかもが予測できなかった。

 しかし、そんな不思議な怖さに似た感情は、競技2日目にして吹き飛んでいた。その日行なわれた200m決勝で、彼女はシーズンベストを出した。タイム以上に注目したのは、彼女の走り自体にあった。予選よりもはるかに体が動いており、特に前半はストライドが伸び、ダイナミックさがうかがえた。レース後、本人に確認すると、やはりストライドを広めにとる走りを意識していたのだという。その走りを見て、私は400mに期待が膨らんだ。

スタート直後の辻(撮影:越智貴雄)

もがき苦しんだ最後のデッドヒート

 競技最終日となったこの日、辻は400m決勝に臨んだ。
「On Your Mark」「Set」……次の瞬間、号砲とともに、辻は勢いよく飛び出した。8レーンの彼女は、最初のカーブを独走していく。積極性がうかがえる走りに、辻の調子の良さを感じた。

 実際、辻はあまりの独走に、少し怖さを感じていたという。予想では、インレーンを走るリオのメダリストたちが、すぐに彼女の前に出てくると思い、彼女らについていこうと考えていた。ところが、予想外の独走状態。少しひるみそうになったが、辻は「ここでスピードを落としてはダメだ」と気持ちを入れ直し、そのまま加速していった。

 バックストレートに入ると、リオの銀メダリストである南アフリカの選手がぐんぐんと辻に迫っていった。だが、辻は彼女の存在をまったく感じず、自分の走りだけを考えていたという。それだけ集中しきっていたのだ。さらに最終コーナーで、リオの金メダリストである中国人選手が辻を抜き去っていっても、辻は自分の走りに集中していた。だからこそ、硬くなることなく、最後の勝負に挑むことができたのだ。

ホームストレートで米国人選手と激しいデッドヒートを繰り広げた辻(左)(撮影:越智貴雄)

 ホームストレートに入ってからの米国人選手との勝負は、まさに壮絶だった。
「最後は気持ちの勝負なのかもしれない……」
 両者ともに400m特有の苦しみを味わっていることが、記者席にもひしひしと伝わってきていた。

 しかし、ゴールが近づくにつれて、2人の様子は違いを見せ始めていた。片や米国人選手は大きく首を横に振り、徐々に足が動かなくなってきていた。一方の辻はというと、もちろん苦しそうではあったが、その走りには依然として躍動感があった。足が前に前に動いていたのだ。その様子を見て、私は彼女のメダル獲得を確信することができた。案の定、3着でゴールしたのは辻だった。

3着でゴールした辻は、ぐったりとうなだれるように上半身を折り曲げた(撮影:越智貴雄)

 レース後、辻はゴール前でのデッドヒートについてこう語ってくれた。
「苦しくて、苦しくて、苦しくて……。でも、ここで倒れてでもいいから絶対にメダルを取るんだ、という気持ちで、最後はもがき苦しみました」
 聞いていて、なんだか胸が苦しくなりそうだった。当然、私には想像もつかない苦しみなのだが、それでも記者席から見ていた姿を思い出すと、ほんのわずかだけだが、その苦しみが伝わってきた。

競技後、緊張から解放されたのか、水野監督に寄りかかった(撮影:越智貴雄)

大きなプレッシャーを抱えてのレース

 辻にとって、ロンドンでのレースは、初めて緊張したというリオの時とはまた違うプレッシャーがあった。リオでの輝きが「本物」だと思われたいという思い。日体大に入ってきた多くの後輩に、先輩として大きな背中を見せたいという思い。そして、なによりさまざまなものを犠牲にしながらも「自分の夢を追いたい」と続けてきた競技人生をここで自らが崩すわけにはいかないという思い……おそらく、まだまだ言い尽くせないほどのものを抱え込んでのレースだったはずだ。

「大げさかもしれないけれど、人生をかけて走った」と言う辻。ゴール直後のあのうなだれるような姿は、周囲はもちろん、自分自身が信じ続けた「辻沙絵」が結果を出したことへの安堵の気持ちの表れだったのかもしれない――。辻の言葉を聞きながら、私はそんなふうにあの時の辻を思い起こしていた。

競技後、日の丸を背に笑顔の辻(撮影:越智貴雄)

 それにしても、だ。パラリンピックという世界最高峰の舞台でメダリストとなり、「時の人」となったと言っても過言ではないほど超多忙を極めるようになった今もなお、辻は辻のままだった。彼女の姿勢やふるまいは全く変わっていない。スポーツに対する思いも、インタビューへの受け答えの素直さも、そして愛くるしいほどの笑顔も……。初めて取材をした時の印象と何ら変わっていなかった。

 辻に会うたびに思うのは、彼女が「スポーツが好きで好きでたまらない」という気持ちと、「負けるのは絶対に嫌だ」という負けん気の強さだ。そんな彼女の走りは、実に「かっこいい」。ロンドンの地で、私は改めてそう思った。

<辻沙絵(つじ・さえ)>
1994年10月28日、北海道生まれ。小学5年からハンドボールを始め、高校2年時にはインターハイで8強入りを果たした。日体大に進学後もハンドボール部に所属し、プレーしていたが、ケガの影響もあり、3年時にパラ陸上に転向。初めての国際大会となった2015年10月の世界選手権では100mで6位入賞を果たした。その後、メインを400mに変更し、2016年リオデジャネイロパラリンピックでは銅メダル。そのリオに続いて、今大会でも400mで銅メダルを獲得した。

(文・斎藤寿子)

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