超人烈伝 — 2017年4月24日 at 9:25 AM

リオ銀の道下が、初の頂点!「2020東京へのいいステップ」

ゴール後、トレードマークの笑顔を弾けさせた道下(右)と伴走者(撮影:越智貴雄)

ゴール後、トレードマークの笑顔を弾けさせた道下(右)と伴走者(撮影:越智貴雄)

 23日、リオデジャネイロ・パラリンピック視覚障がい女子マラソン銀メダリストの道下美里が、ロンドンマラソンで併催された、「2017世界パラ陸上マラソンワールドカップ」に出場し、3時間0分50秒で金メダルに輝いた。2013年に日本盲人マラソン協会の強化指定選手に選ばれ、本格的に世界を目指してから約4年。初めて頂点に立った。

2つの涙

「世界の舞台で金メダルは初めて。嬉しい……」と涙を流した。2014年、初出場のワールドカップ(ロンドン)で銀メダルを獲得するも、2015年世界選手権(ロンドン)は銅。そして、昨年のリオもあと一歩届かなかった。「今度こそ」の目標が、ようやく叶った。

 レース序盤は2位につけていたが、10キロすぎにギアチェンジ。スペインのMaria Del Carmenをかわしてトップに立つと、そのまま差を広げ、独走。約9分の差をつけて先着した。

「守りの走りはしたくなかった」と道下。昨年のリオ大会で、暑さのなかの勝負を意識して慎重にスタートしたところ、Elena Congost (スペイン)に先行され逃げ切られた痛い思いがあった。「今回は前半から攻めのレースができ、自分でレースがつくれた」と手応えを口にした。

 涙にはもう一つ理由があった。2014年防府読売マラソンで2時間59分21秒をマークし、当時の世界新記録を樹立したが、翌年、ロシアのElena Pautovaに塗り替えられていた。以来、道下は世界記録ホルダーの奪還も狙っており、リオから帰国後もコンスタントに練習を積み重ねた。今大会での更新も視野に、年初からインターバルトレーニングなどで追い込みをかけたところ、体が悲鳴をあげた。3月半ば、右スネに痛みが出たのだ。

 今大会の欠場も覚悟したが、伴走者がリハビリのために“伴歩者”になってくれるなど、本当に多くの人に支えられ、「ギリギリ間に合った」という。レース前に、「感謝の気持ちを力にしたい」と語っていたが、涙は、金メダルという最高のかたちで恩返しができたことへの安堵の表れでもあったのだ。

ゴール手前、最後の力を振り絞る道下(右)と伴走者(撮影:越智貴雄)

ゴール手前、最後の力を振り絞る道下(右)と伴走者(撮影:越智貴雄)

2020東京へ向けて

 今後最大の目標である、東京2020での金メダルに向け、2017年は「挑戦の年」と位置づける。まずは、トラック種目の5000mで自己ベスト更新を目標にする。リオのレースで海外勢とのスピードの違いを痛感したからだ。

 道下は小気味よく安定したピッチでリズムを刻み42kmを走りきる持久型だ。「弱点を克服できれば、『もっと行ける』という自信になる」と意気込む。今年は夏恒例の北海道マラソンには出場せず、苦手意識の高いトラックレースへの積極的な参加を計画中だ。

 また、支えてくれる伴走者の数を増やすことも課題にする。伴走者にもケガや病気の可能性はあるし、仕事などで都合がつかない場合もある。2020年に向け、大きなレースでも信頼して任せられる伴走者を一人でも多く増やしておくことが今、必要なのだ。

 今大会でも、前半はリオでも伴走ロープを託した青山由佳さんが担当したが、後半は他選手の伴走でパラリンピック出場経験もあるベテラン伴走者の志田淳さんに依頼した。レースで一緒に走るのは初めてだったが、「私の走りやすいように走らせてくれた」と相性の良さを改めて確認できたという。

 今大会出場までには、故障による練習不足などいろいろあったが、ようやく金メダルにも手が届いた。「いいステップになりました」と、最後はトレードマークの笑顔を弾けさせた道下。このまま2020年まで突っ走る。

(星野恭子)