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パラアスリートらに「自分らしい働き方」を学ぶ日本唯一の学校

「絶対断らない働き方」を講義する、手帳先生の初瀬勇輔(撮影:越智貴雄)

 限りある人生を豊かに生き抜くために、必要なものは何だろう。友達?仕事?それともお金?

 イギリスの元首相であるトニー・ブレアは、国民のための主要政策として、「一に教育、二に教育、三に教育」と教育の重要性を掲げていた。「不確実」「不安定」というネガティブなフレーズがポンポンと出てきてしまうような現代に求められているのは、豊かに生きる知恵を持った人たちが集まれる学び舎かもしれない。

 パラリンピックが開幕する1週間前の3月3日、東京・虎ノ門でユニークな学校が開かれた。「Techo School」と銘打った1日限定の学校で、講師に並んだのは弁護士やアーティスト、経営者、映画監督など8人の「先生」たち。先生全員が「障害者手帳」を持っているという、全国で唯一無二のユニークな学び舎だ。「Techo」=「障害者手帳」というわけだ。

全員に配られた「生徒手帳」開くと中はメモが書ける(撮影:越智貴雄)

起業家兼パラアスリートから学ぶ「断らない働き方」

 さっそく学校に潜入。受付で渡された手のひら大の「生徒手帳」を掲げ、教室へと向かってみた。席についた教室の講師は、パラ柔道でパラリンピックに出場した初瀬勇輔さん。アスリートでありながら起業家でもある初瀬さんは、依頼された仕事はすべて受ける「絶対断らない働き方」を実践している。

 「人からの依頼を断らないのは、頼りにされて役割をもらえるのが本当に嬉しいからです。誰かに必要とされた時の嬉しさといったら尻尾を振って待つ犬のようで、役割フェチと言ってもいいかもしれません」。

 初瀬さんが「役割フェチ」というほどまでになったのは、大学時代の経験にあったという。弁護士を目指していた大学在学中に緑内障を患い視覚障害を持った初瀬さんは、いったんは失意の底に落ちたが、視覚障害者柔道に出会うことで自信を取り戻した。ところが、「就職試験で120社落ちてしまったんです。それも書類選考の時点です。やっぱり僕は障害者だから価値がないんだろうなというのが『断らない働き方』の原点です。ちなみに120社に会ってもらえないほど、僕はそんなに悪くないと思うんですけどね」と冗談交じりに話す。

 「社会のシステムや人事のイメージが、障がい者の実情とミスマッチしている」と気づいた初瀬さんは、自分の仕事が無いなら自分でつくるしかないと独立。そこから自分に役割を求められれば引き受ける「断らない働き方」のスタイルを作った。

「Techo School」を企画した校長先生の澤田智洋(撮影:越智貴雄)

障がい者を「感動コンテンツ」にはさせない

 企画者であり「Techo School」の校長である澤田智洋さんは初瀬さんの講義を受けて、「今は忙しくて断ろうとする『断り社会』です。初瀬さんの働き方は、心持ち次第で今日から実施できるのでは」と投げかける。

 初瀬さんも教室の「生徒」たちを見渡し、「断る人生と断らない人生、どっちがいいか」と問う。

 「断るのは可能性をゼロにしてしまう。それはもったいない。たとえ引き受けきれなくても、自分よりも適任の人を紹介すればいいだけです。ぜひ一回受け止めて、できる方法を考えたほうがいい。断らない生き方をしているだけで、良い人間関係が生まれるし、人とのつながりを大事にする自分の居場所づくりにもなります。それが心の平穏にもつながりますよ」。

虎ノ門ヒルズのレストランやカフェで開校した「Techo School」(撮影:越智貴雄)

アスリート兼起業家という「ポスト平成の働き方」

 この「Techo School」のユニークさは、講師全員が「障害者手帳」を持っていること。さらに、その講師たちに課されたルールが面白い。徹底されていたのは「道徳禁止」だ。その狙いを澤田さんは話す。

 「障がい者というと、どうしても感動を誘うようなお涙頂戴の話が出てしまいます。8人の講師は障がい者ですが、その人達のユニークな生き方にフォーカスを当てて、お手本のない『ポスト平成の働き方』をシェアしてくれることを期待しているのです」

 障がい者を「社会的弱者」とする従来の考え方とは真逆の発想だ。それもそのはず。全国で「障害者手帳」を持っているのは800万人以上にものぼり、課題を乗り越えて新たな生き方を切り拓いている人たちも多いはずだ。今回の講師たちのようにフロントランナーとして見ると、社会の見え方も大きく変わるのかもしれない。

パラ柔道でパラリンピックに出場した初瀬勇輔(撮影:越智貴雄)

 Techo Schoolを終え、初瀬さんにスポーツと仕事の共存の仕方を改めて聞いてみた。というのも、初瀬さんは起業家として活躍しながら、これから2020年に予定されている東京大会でも視覚障害柔道で出場を目指している現役の選手だからだ。

 「30歳代後半にもなれば、最高のパフォーマンスがいつまでできるのか、選手を支える役割もあるのではと考えることもあります。そんな迷いがある時に、役割や仕事があるのはありがたいです。仕事は一生つながっていくもので、大切にしなければいけません。だからこそ人からの依頼を『断らない働き方』が大事だと思っています」。

 「ポスト平成の働き方」とは?と考えると、未だに答えは出てこない。しかし、初瀬さんのアスリート兼起業家という働き方は、新しい時代の生き方を考えさせられるものだった。

(文・上垣喜寛)

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