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パラコラム

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パラリンピックイヤーの締めくくり!歴史を動かしたパラマラソン王者の「強さ」とは

大分国際車いすマラソンで世界記録を出し、笑顔のフグ選手=2021年11月21日(写真提供:後藤佑季さん)

今年の東京パラリンピックで、圧巻の強さを見せたスイスのマルセル・フグ選手。
その彼が、九州・大分の地でも、新たな歴史を作り上げた―

東京パラでは出場種目全て(800m,1500m,5000m,マラソン)で金メダル。
私はNHKのリポーターとして、競技場の特設スタジオから、フグ選手の走りを、この目で見て、伝え続けました。
かつては銀メダルしか取れないことから、シルバーコレクターとも呼ばれたことがあったフグ選手。
そんな不名誉な呼び名を吹き飛ばす、圧巻のパフォーマンスでした。

東京パラ直前のインタビューでは、「コロナ禍でスポーツに対する自身の“愛”を再認識した」と話していました。ロックダウンで大会もなくなり、競技場も使えないので自宅や近所の道路でトレーニングするしかなかった時も、フグ選手は自分でも驚くほどポジティブに過ごせたそうです。それはなぜかと考えたとき、自分はトレーニングをすること、車いすレーサーに乗ること、走ること自体が好きなのだと気づいたのだそうです。
その愛の大きさも、金メダル4つという偉業の舞台裏にあったのかもしれません。

好調を維持したまま大分に乗り込んだフグ選手。スタート前の様子(写真提供:後藤佑季さん)

東京パラ期間中、「体調も、メンタルの強さも、レーサーも、すべてが完璧!」と答えていた彼は、その好調をずっと持続したまま大分の地に乗り込んできました。東京パラ後の2ヶ月間で5つのメジャーマラソンに出場するというタフなスケジュールをこなし、今年最後のレースに選んだのがこの大分国際車いすマラソンでした。

フグ選手は、大分マラソン前日の記者会見で、「大分は特別な場所」だと語りました。

「パラリンピックの前の事前キャンプも大分でしたし、東京パラリンピックへの素晴らしい旅が大分から始まってこの大分で終わりを迎えるというのが本当に嬉しいのです。大分では本当に故郷に帰ってきたと言う気持ちで快適に過ごせています」

今年の大分国際車いすマラソンでは、コースの大幅な変更がありました。「テクニカルコース」と呼ばれていた、狭く、屈曲した部分がなくなり、さらに高低差の少ない平坦なコースになりました。
レース当日は、快晴で風も強すぎず、温度もちょうどよく、さらに体調も、レーサーの調子もよく、フグ選手曰く「最高のコンディション」でした。「故郷」大分でリラックスして臨めることも、大きな要素だったでしょう。

大分の地で世界記録を樹立したフグ選手(写真提供:後藤佑季さん)

そして、22年間もの間、破られることのなかった世界記録が、ついに破られたのです。
フグ選手は「数秒更新したのかな」と思ったようですが、これまでの世界記録を2分27秒も更新する1時間17分47秒の世界新記録で3大会連続、9回目の優勝を果たしました。

レース直後のインタビューでは、「すごくうれしいです。信じられないくらいうれしくて、夢を見ているのではないかと思うほど」と答えたフグ選手。

こんなに勝ち続けているんだから、性格も勝ち気な選手かと思うかもしれませんが、その反対です。
私がインタビューするときにはいつも丁寧にゆったりとした話し方で答えてくれるので、いつも聞き入ってしまいます。

私が東京パラ期間中のリポートの軸にしていた、「レジリエンス=折れない心」について、フグ選手に尋ねたところ、ポジティブなメッセージを発するアスリートが多い中で、次のような回答をした選手でもあります。

「レジリエンスは人生の中で終わらないプロセス。困難から学び、適応することが大切。ただ、乗り越えることは大事だが、できなくてもそこから学べる教訓がある。きっとそれまでの自分より強くなれる」

たとえ乗り越えられなくてもそこから学べる教訓がある、困難に向き合うことが、過去の自分より強くしてくれる― この言葉に、彼の人柄がぎゅっと詰まっている気がします。曲がっても、へこんでも、元に戻ることができる、まさにレジリエンスなのだと感じました。そして、その心の折れない、柔軟な強さを大切にしている選手なのだと思います。

坂道を力走するフグ選手(撮影:越智貴雄)

最後にフグ選手にこう尋ねました、「今年はどんな1年だった?」と。「Just CRAZY!」という答えが返ってきました。文字通りクレイジーな1年だった、そしてとっても最高の1年でした!!!!!という意味です。

東京パラでのインタビューでも、大分のインタビューでも、次は何をしたい?という問いに「とにかく休みたい」と答えたフグ選手。ぜひゆっくり休んで、そしてまた更なる歴史を作り上げていってほしいです。

また、インタビューの中で「回復することがとても大切」とも言っていました。
メンタルトレーナーとの連携も欠かさないフグ選手、「心のメンテナンス」が王者の強さではないかと、大分のリラックスした姿から想像しています。

女子フルマラソン2位のマクファーデン選手(写真提供:後藤佑季さん)

また、今大会はタチアナ・マクファーデン選手(アメリカ)など海外選手が計4人参加しました。

特にマクファーデン選手やフグ選手は、パラリンピックイヤーの2021年を締めくくる大会として大分を選んでくれました。

陸上の大会も、大分が2021年を締めくくったと言っても過言ではないでしょう。私自身も、東京パラリンピック後にこの大分の地で、歴史を変える世界記録を見て締めくくることができたことに感謝したいと思います!

(文:後藤佑季)

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