カンパラプレス

パラ・世界選手権大会

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見届けたい義足スプリンター高桑早生の「今」 ~世界パラ陸上観戦記~

100m予選。高桑の走り(撮影:越智貴雄)

14日に開幕した「WORLD Para Athletics CHAMPIONSHIPS LONDON 2017」(世界パラ陸上競技選手権ロンドン大会)は、競技4日目を終えた。2012年にロンドンオリンピック・パラリンピックが行なわれた「ロンドンスタジアム」には、連日大勢の観客が押し寄せている。世界のトップアスリートたちへの声援と、その鍛え抜かれたパフォーマンスへの大歓声がこだまする雰囲気は、まさに5年前「史上最大の成功」と謳われたロンドンパラリンピックを彷彿させる。そんなアスリートにとって最高の環境の中、日本人選手たちは、世界の超人たちと鎬を削り合っている。報道陣がインタビューすることのできる「ミックスゾーン」では、選手たちのさまざまな表情や感情がひしめき合う。そんな中、義足スプリンター高桑早生(エイベックス)のいつもと違う様子が気になっていた――。

スタート前の選手紹介時、深々とおじぎした高桑(撮影:越智貴雄)

いつもとは違ったスタート前の表情

あれ、どうしたんだろう……」
17日(現地時間)の午前に行なわれた女子100m(T44 )の予選。スタート前、競技場のスクリーンに映し出された高桑の表情は、これまで見たことがないほど硬かった。「Saki Takakuwa」のアナウンスとともにカメラを向けられると、いつもなら弾ける笑顔を見せる彼女が、この日はニコリともしなかった。キュッと口を真一文字に結び、深々とおじぎをした。
「集中しているということなのかもしれない」
そんなふうにプラスに捉えようとしたが、何か胸騒ぎは収まらなかった。

彼女の表情は、緊張しているというよりも、逆に気負いすぎているように見えた。2日前、走り幅跳びを終えた後のインタビューで、高桑は「調子が上がってきているので、100mは楽しみで仕方がない」と語っていた。それだけに、「やってやる」「やれるはず」そして「やらなくちゃ」というような気持ちが、硬い表情を生み出しているような気がした。

高桑は7人のちょうど真ん中のレーンだった。左隣には、彼女と同じ下腿片脚義足のランナーが3人、そして右隣には下腿両脚義足のランナーが3人いた。片脚義足のランナーがスタートでリードを取り、両脚義足のランナーが後半に伸びてくるというレース展開はわかり切っていた。その中で、決勝に残るには3着に入るか、あるいはタイムで拾われる2人に入るには、少なくとも5着には入る必要があった。

「On Your Marks」「Set」……次の瞬間、号砲とともに、全員が勢いよく飛び出した。高桑のスタートは決して悪くはなかった。あとで動画を確認しても、彼女の反応は他の選手と比べても早かった。だが、上体が起き上がってからは、同じ片脚義足の3人に引き離された。このことが、高桑の走りに大きく影響を及ぼしていた。

「思ったよりも前に出られてしまったことを、レース中盤で感じてしまったんです。それを気にせずに自分の走りに最後まで集中できていれば、結果はもっと違っていたのかもしれません……」

結果は6着。シーズンベストのタイムにも届かず、高桑にとってはとても納得のいくレースではなかった。

レースを終えて、ミックスゾーンに現れた高桑は、懸命に冷静さを保っているように見えた。そんな姿に、スタート前のあの硬い表情の真相を聞きたいと思っていたが、何か人前で触れてはいけないような気がして、その場で聞くのは咄嗟にやめた。

インタビューが終わり、報道陣から離れたところで、もう一度、彼女を呼び止めると、先ほどとはまるで違う彼女の姿があった。やはり、悔しさを必死でこらえていたのだ。

100m、スタートで勢いよく飛び出した高桑(撮影:越智貴雄)

思い知らされた高桑の強さ

今シーズン、高桑は順調に調子を上げてきていた。だが、5月に右足のひざ裏に肉離れを起こし、3週間走ることができなかった。6月に本格的に練習を再開したものの、やはり3週間走らなかった代償は決して小さくはなかった。失われた部分のスタミナや走りの感覚を取り戻すことは容易ではなく、世界選手権前の最後の実戦となった、関東パラ陸上競技大会(7月1、2日)では、14秒14と自己ベスト(13秒43)からは程遠いタイムだった。

「思った以上に走ることができているので、あとは世界選手権に向けて調子を上げていくだけです」
そんなふうにインタビューで答えたことは、もちろん嘘ではなかった。実際、高桑は予想以上に走ることができている自分に安堵していた。だが、このままでは世界のトップランナーたちと互角に戦うことはできないこともわかっていた。その焦りと苦しみに、高桑は人知れず耐え、そして高野大樹コーチとともに、黙々とトレーニングに取り組んだ。必ず世界選手権では最高のパフォーマンスをすることを信じて……。

実際、現地入りしてから高桑の調子はどんどん上がってきていた。2日前、1種目目の走り幅跳びではスタンドで指示を送る高野コーチを見つけ、同席させてもらった際に、コーチの目からも高桑の走りに大きな手応えを感じていることが窺い知れた。確かに助走を見ている限り、関東パラや日本を発つ直前に訪れた練習の時よりも、体が動けている感じが見てとれ、私自身の期待も膨らんでいた。

結果的には決勝進出には至らなかったが、13秒69というタイムは、約2週間前の関東パラの走りからはおよそ想像することができなかった数字である。この短期間で、よくこれだけ調子を上げてきたものだ、と改めて感心してしまう。

そして、今回改めてわかったことがある。世界の舞台で高桑の走りを見たのは、彼女が初めて出場した2012年ロンドンパラリンピック、そして昨年のリオデジャネイロパラリンピックに続いて今大会で3度目となる。ロンドン、リオで彼女は100m、200mいずれも決勝進出をしている。だから私は、いつの間にか彼女が決勝に進出することを当然のように思っていた節がある。だが、今回のことで彼女のクラスで決勝に残ることがいかに難しいかを思い知らされた。そして、世界最高峰の舞台であるパラリンピックで2度ともに決勝に残った高桑の強さを改めて感じたのである。そんな彼女だからこそ、私は追いかけたくなるのだということも……。

今大会、高桑の戦いはまだ終わりではない。200mが残っている。22日の予選を突破すれば、決勝は翌最終日の夜に行なわれる。大会最終日、しかも日曜日の夜となれば、大勢の観客が入ることが予想される。5年前、初めて出場したパラリンピックと同じ舞台で、大歓声に押されながら、再びロンドンの夜風を切ってほしい。そのためにも、まずは予選で今ある力を出し切ることだ。タイムはそれに付随するものにすぎない。そして、必ずや次につながる何かを得ることができるはずだ。

どんな結果であろうとも、それが高桑の「今」である。その「今」を、しっかりと見届けるつもりだ。

(文・斎藤寿子)

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