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パラ・世界選手権大会

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車いすランナー鈴木朋樹、進み始めた「東京への道」 ~世界パラ陸上観戦記3~

800m決勝(T54)という大舞台に立った鈴木(撮影:越智貴雄)

「これまでは口に出すことはできなかったけれど、今大会で『東京でメダルを目指す』というふうに言えるようになると思います」
 彼のその言葉を聞いて、私は改めて心の底から「ロンドンに来て良かった」と思った――。
「WORLD Para Athletics CHAMPIONSHIPS LONDON 2017」(世界パラ陸上競技選手権大会)競技8日目、800m決勝(T54)が行なわれ、鈴木朋樹(トヨタ自動車)は5位となった。「目標にしていた表彰台に上がることができなかった悔しさは大きい」と開口一番にそう言って、力不足を痛感したことへの反省を述べた鈴木だが、彼がこのロンドンの地で掴んだものもまた大きい。
「東京へのスタート」
 それは、これまで切ることができなかったものだった――。

リオ後、自分の口から「東京を目指します」ということは言えないと話していた鈴木=2016年10月3日撮影(撮影:越智貴雄)

リオ後、「東京を目指す」とは言えなかった

 昨年9月に行なわれたリオデジャネイロパラリンピック。そこに鈴木の姿はなかった。選考期間の中で出場条件を満たすだけの成績を残すことができなかったのだ。「成長著しい彼は、きっとリオに出場するはず」と考え「世界最高峰の舞台」に立つ姿が見られることを非常に楽しみにしていた選手の一人だっただけに、私は残念でならなかった。

 だからこそ、開幕前からあることを心に決めていた。リオから帰国後、真っ先に鈴木を取材することだった。パラリンピック期間中、充実した取材の毎日を送れば送るほど、その気持ちは日に日に高まっていった。リオに出場できなかったことをどう受け止め、そしてどんなふうに東京に向けてのスタートを切ろうとしているのかを聞きたかったのだ。

 帰国後、彼の練習拠点を訪れ、インタビューをした。すると、彼はこう言った。
「リオに出ることができなかったことは残念でしたが、それでも自分がやってきたことに悔いはありません。やるべきことはすべてやってきた。それで出ることができなかったのなら仕方ないなと。ただ、リオに出られなかった自分には今、『東京を目指します』ということは言えないと思っています」
 予想以上に、鈴木はリオに出場することのできなかった自分に厳しかった。

 では、果たしていつ東京を目指すことを口に出せるようになるのか。その時の鈴木には、まだ見えていなかったように思えた。

再レースに向けてモチベーションを高めた鈴木(撮影:越智貴雄)

突然のクラッシュ、不完全燃焼に終わった決勝

「不完全燃焼に終わってしまいました」
 今大会競技4日目の17日、レースを終えた鈴木は、開口一番にそう言って悔しがった。その日行なわれたのは彼がメインとしていた800mの決勝。スタートで出遅れた鈴木は集団の最後尾につけ、ギアを上げるタイミングを見計らっていた。

 ラスト1周になると、徐々に集団のスピードが上がり、残り200mにさしかかろうとしたところで、さらにスピードが上がり、最後のひと勝負が始まろうとしていた。鈴木も外側から抜きにかかろうとした、その時だった。鈴木がスッと体を起こしたのだ。スタンドの記者席から見ていて「あれ?」と不思議に思っているのも束の間、鈴木の目の前でクラッシュが起こり、4人の選手が激しく転倒した。

 実は鈴木は「嫌な予感」がしていたのだという。そこで、巻き込まれないようにと集団をよけながら抜こうとしたちょうどその時に、クラッシュが発生したのだ。鈴木自身は転倒せずにうまくよけたものの、スピードを緩めざるを得ず、もう一度スピードを上げようとしたその時には、前をいく3人はホームストレートを走り、勢いよくゴールへと突き進んでいた。まさに「今からが勝負」というタイミングでのクラッシュで、鈴木は貴重な世界トップランナーたちとの「力試し」ができずに終わった。

 するとレース後、ミックスゾーンでインタビューに答えていた鈴木の元に「再レースになるかもしれない」という一報が届いた。そして翌日のお昼頃に、正式に再レースが決定した報告を受けたという。そこで鈴木は一度、スイッチを切った。気持ちを落ち着かせ、整理をし、そして再びレースに向けてのスイッチをオンにした。自然と集中力が高まり、再レースに向けてモチベーションが上がっていった。

ラスト1周になり、最後の勝負に挑んだ(撮影:越智貴雄)

喜びと悔しさが入り混じった再レース

 迎えた再レース、鈴木はスタートで出遅れることなく集団の中へと入り、3、4番目の位置につけていた。そしてラスト1周になると、やはり全体のスピードが上がり、「最後の勝負」が刻々と近づき始めていた。

 残り200mのところで、やはりスピードが上がったが、鈴木は上位3人から徐々に引き離されてしまった。そしてゴール直前でもう1人に追い抜かれ、鈴木は5位でフィニッシュした。

競技後、鈴木(中央)のこんなすっきりした表情は初めて見た(撮影:越智貴雄)

 結果だけを見れば、もちろん鈴木自身、納得も満足もすることもできない。途中までは表彰台に上がれるという感触を得ていただけに、最後の勝負どころで余力がなかった自分の不甲斐なさに悔しさが募った。だが、ミックスゾーンに現れた鈴木の表情は、どこかすっきりしていた。

「前回の決勝は、クラッシュが起きて、最後の200mで何もできなくて不完全燃焼に終わってしまいました。でも今回は、スタートからゴールまで自分の実力が出せたと思っています」

 そして、こう続けた。
「こんなにレベルの高い舞台で、決勝のレースを走るというのは簡単なことではありません。それを僕は今回、3本も走ることができた。こんなに嬉しいことはないです。これからの競技人生にとってとても大きいと思いますし、東京でのメダルにつながるいい経験になったと思います」

競技後、中国の選手と談笑する鈴木(撮影:越智貴雄)

 鈴木はようやく「東京を目指す」自分を認めたようだった。そして、「その時」に遭遇したことは、ライターとしてはやはり嬉しいことに感じた。 

 今大会、鈴木は800m、1500mともに決勝に進出し、個人競技では計5本のレースを走った。そのすべてのレースにおいて見えたのは、世界の「超人」たちと一緒に走り、そしてそこから吸収することが楽しくて仕方ないという鈴木の姿だ。国際大会で鈴木を取材するのはこれが初めてだった私にとって、それは驚きと同時に、今後への期待感がますます膨らむ「発見」だった。

 これだけ大舞台を楽しむことができる彼の事だ。きっと、強くなる。その過程を、ぜひ見ていきたいと思う。

<鈴木朋樹(すずき・ともき)>
1994年、千葉県生まれ。トヨタ自動車所属。生後8カ月で交通事故に遇い、両脚が不自由となる。小学5年の時に車いす陸上に出合い、アテネ、ロンドンパラリンピック代表の花岡伸和氏の指導により、近年着実に力を伸ばしてきた。2015年には初めてパラ陸上世界選手権に出場(800m、1500m)。マラソンでは、2015年東京マラソン2位、2016年大分国際車いすマラソン2位、2017年東京マラソン3位。2度目の世界選手権となったロンドン大会では、800m、1500mいずれも決勝に進出を果たした。

(文・斎藤寿子)

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