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パラコラム

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「スポーツ用義足で走る!」を身近に。義肢装具士・臼井二美男さんが7万円のナイロン製義足をつくった理由

ナイロン製義足を装着し、気持ち良さそうに走る伊藤吟さん(撮影:越智貴雄)

“板バネ”を使って体育の成績も向上

 4月、義足使用者を中心に構成されるスポーツクラブ『スタートラインTokyo』の練習会に参加した伊藤吟さん(11)の足元に、鮮やかなブルーのスポーツ用義足が映える。

『スタートラインTokyo』は、東京都荒川区にある『鉄道弘済会義肢装具サポートセンター(以下:鉄道弘済会)』を拠点とし、陸上競技のパラリンピック選手も輩出するチーム。この日のような練習会も定期的に実施され、茨城県に住む伊藤さんは、1年半程前から参加しているという。

 先天的に左足の下腿部(膝下)がない伊藤さん。現在小学6年生だが、3年生から始めたサッカーは普段の生活で使用する義足で取り組み、持久走や短距離走では、冒頭のスポーツ用義足を装着し、駆けている。

 スポーツ用義足は、その形状から通称“板バネ”と呼ばれ、市販の製品は主にカーボンファイバーで作られているが、現在、伊藤さんの使用するタイプはナイロン樹脂製。鉄道弘済会で試験的に製作し、主に子供向けに貸し出す形で提供しているという。

「反発力がすごいから、履きやすい。サッカーが一番ですけど、2番目に陸上が好き。速く走ると風を切るのが気持ちいいんです」と、伊藤さんははにかみながら答えてくれた。

 お母さんにも話を聞いた。

「普通校に通っているので、体育の授業も障がいのない子と一緒にやるわけですが、以前は学校のスポーツテストも全国平均以下で、本人もヘコんでいまして…。それがこの板バネを履くようになってから、持久走や50m走の順位も上がりました。スポーツテストも板バネを使うと平均値くらいになって、通知表も3段階の3。本人の自信にもなっているようですし、これから中学生になった時に部活も選びやすくなるんじゃないのかな、と」

製作のきっかけは義足ユーザーのアイデア

 このオリジナルの義足が生まれたきっかけは、北海道に住む『スタートラインTokyo』のメンバーのアイデアにあった。クラブの主宰者であり、義足の開発にあたった鉄道弘済会の義肢装具士・臼井二美男さんは振り返る。

「板バネは値段も高くて、1本あたり30~70万円程。その他の部品やソケット(脚の切断端を挿入する部分)も含めると更に費用がかかる。なおかつ、スポーツ用義肢は現状、公費の対象ではないので、ユーザーが自己負担で購入する必要があるんです。だから、例えば義足ユーザーのお子さんを持つ親にとっては負担が大きかった。そんな折、5年程前に、うちのメンバーである田中聡さんという北海道の工場勤務の方が、ナイロンを用いて板バネを自作された。その方は体重が100キロ程なのですが、強度は大丈夫そうだと。そこで、鉄道弘済会でも試作品を作ってみよう、ということになりました」

 市販のカーボン製品と比較して費用を抑制できる点にも着目し、早速、子供向けに製作を開始。一昨年に試作品が完成し、耐荷重や破断に関する試験を行い、スポーツでの使用に耐えうる確証を得たという。

「市販のものは、子供用でも30万円前後ですが、このナイロンのタイプは製作費で7万円。仮に量産できれば更に価格を抑えることができます。また、人間の脚には、走行時に体重の約3倍の負荷がかかると言われていますが、試験器を使って義足に200キロの負荷をかけても、ほぼ問題がないと分かりました。今回は、小学校年代をカバーすることを目的に、体重25キロから40キロの方を想定して製作しています」

 義足の“高さ”にもひと工夫加えた。市販されている海外製の子供向けスポーツ用義足よりも3割程“低く”設計したのだ。

「切断端から地面までの距離が、子供の場合は短い。その為、片脚切断の方が使用する場合、板バネの高さを抑えないと、義足側の脚が長くなって左右のバランスが不均等になってしまう可能性があります。だから、海外製品に比べて高さを抑えることにしました。その点は製作のポイントでもありますね」

 冒頭の伊藤さんも、市販のカーボン製スポーツ用義足は、現段階では身長が数センチ足りず使用することができないという。とはいえ、徒競走では思い切り走りたい。そんな時に、ナイロン製のこの板バネは格好の選択肢となったというわけだ。

 目下の課題は軽量化と耐水性。現状は、市販のカーボン製スポーツ用義足と比較して2割程重く、ユーザーからも「反発性はあるが、少し重い」といったフィードバックもあったという。また、素材の性質上、水分を吸収して劣化する可能性があるので、長期間の使用を想定して表面をコーティングするなどの方策も検討中だ。

ナイロン製義足を履いて遊ぶ伊藤吟さん(左)と友人の福田柚稀さん(撮影:越智貴雄)

「走る喜び」を身近に

 市場における課題もある。スポーツ用義足はこれまで、販売数量が少ないことでコストが上がり、価格を下げると赤字になるというジレンマがあった。

『一般社団法人日本福祉用具・生活支援用具協会』の調査結果によれば、国内の義肢装具の市場規模は2000年頃から2000億円前後で推移しており、2016年度で2285億円だった。この日、『スタートラインTokyo』の練習会に来ていた、産業技術総合研究所の保原浩明さんによれば、「このうち、スポーツ用義足の統計データは、ほぼないに等しい」という。

 他方で、保原さんはこう話す。

「板バネが安価になることで、義足ユーザーの中でも、まだスポーツをしたことがない人や、これまでするつもりがなかった人にとって、門戸が広がるきっかけになりうる。2020年に向けて義足ユーザーがスポーツをする文化が少しずつできていることを考えると、これから開拓が必要な分野だと思います」

 上述の改善点や、販売における課題等も踏まえて、当面はテスト期間を継続するというが、臼井さんの目的はブレない。「走る喜びを得られる人の数を増やす。その機会のハードルを下げること」である。

「パラリンピックを観れば、選手は義足でガンガン走っているけど、本来義足で走るのは簡単な動作ではないんです。身体的なバランスや多少の度胸も必要になってくる。それに加えて道具(義足)が要る。その道具を、できるだけ手に入りやすくしようというのが今回のナイロン義足です」

「加えて、障がい者がスポーツをすることには、身体的なことだけではなくて、社会性がある。当事者が自信をつけて、社会に参加していくきっかけにもなるんです。だから、イギリスやドイツでは、障がい者スポーツ用の器具に対しても国が支援をする。日本も、パラリンピックがきっかけになってくれればいいけれど、そこで終わってはいけませんよね。長い目で見て、障がいのある人がスポーツをする意義、意味が、支援という形で反映されれば、と」

(取材・文:吉田直人)

※出典:一般社団法人日本福祉用具・生活支援用具協会『福祉用具産業の市場規模調査結果概要(2016年度)』

※参照:(公財)鉄道弘済会 義肢装具サポートセンター『ナイロン樹脂製の走行用足部の開発』

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