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51歳のベテラン山本浩之が4度目の優勝 ~東京マラソン・車いすエリートの部~

拳を突き上げながらゴールテープを切った山本(撮影:越智貴雄)

 2月25日、「東京マラソン2018」が行われ、男子車いすエリートの部では、山本浩之が鈴木朋樹(トヨタ自動車)とのデッドヒートを制し、1時間26分23秒で4度目の優勝を果たした。3位には集団から抜け出したエルンスト・バンダイク(南アフリカ)が入った。

8キロ地点で山本が仕掛け、その後、山本と鈴木の2人旅となった=写真は10キロ過ぎた茅場町付近(撮影:越智貴雄)

山本のアタックについていった鈴木の好判断

「まさか優勝できるとは思っていなかった。ゴールテープを切った瞬間は、本当に嬉しかった」
 51歳の大ベテラン山本は、ゴールテープを切った瞬間、右手の拳を高々とあげ、喜びを爆発させた――。

 午前9時05分、気温6度。曇り空のもと、号砲が鳴り響き、東京マラソンがスタートした。

 最初に先頭に立ったのは、前回大会と同じく西田宗城(バカラパシフィック)だ。序盤に続く下り坂を利用して、西田は早くも集団を引き離しにかかった。その西田についていったのが、鈴木、山本、バンダイク。3キロ手前あたりからスピードを上げた西田についていくようにして4人は先頭集団を形成。5キロ地点で第2集団とは23秒差をつけていた。

 そのまま4人での先頭争いが続くかと思われた矢先の約8キロ地点で、山本がスピードを上げた。「予報より気候も暖かく、風もない中で自分の体がよく動いていたので、今日は積極的に行こうと思っていた」と、環境や自らのコンディションの良さを感じていた山本。速い展開へと持っていくことを狙った中でのアタックだった。

 この山本の動きに素早く反応したのが、鈴木だった。「このまま山本さんを一人で行かせてしまったら、そのまま逃げ切られてしまう」と感じていたという。この鈴木の判断が正解だったことは、この後、一度も後続からのプレッシャーを受けることなく、完全に山本と鈴木の「2人旅」になったことでも明らかだった。

 一方、西田とバンダイクはついていくことができずに優勝争いから脱落。10キロ地点で18秒だった先頭の2人との差は、15キロ地点では1分19秒にまで開き、その後、西田とバンダイクは後続の集団に吸収されていった。

今大会、山本を風よけにするようにして後ろからついていく戦略に出た鈴木(左)=20キロ過ぎた門前仲町付近(撮影:越智貴雄)

「2人旅」の背景にあった戦略

 2016年大分国際車いすマラソンでも「2人旅」の展開となり、優勝を争った山本と鈴木。山本も「走りながら大分を思い出していた」と語るように、まるでその時の再現レースかと思われるような展開の中、どちらが最初にゴールテープを切るのかに注目が置かれた。

 51歳のベテラン山本に対し、鈴木は社会人1年目の23歳。「親子ほどの年齢差」がある中、山本はどこかで鈴木を引き離したいと考えていた。
「加速力では、やはり朋樹に分があるので、できることならゴールスプリントでの勝負にはしたくなかった」
 そのため、途中何度かアタックを試みたものの、鈴木を置き去りにすることはできなかった。

 一方、鈴木は昨年大会の教訓を生かそうと考えていた。昨年は最後の石畳で予想以上に体力を奪われ、ゴール前で2人にかわされて3位に終わった。そのため、今年はできるだけ体力を温存し、最後に自信のあるスプリント力で勝つことをイメージしていた。そのため、なるべく先頭を山本に譲り、山本を風よけにするようにして後ろからついていく戦略に出た。

 その鈴木の戦略に、山本は「乗っかった」という。
「2人でローテーションしながら走りたかったのですが、朋樹がなかなか前に出てこないので、これはもうゴールスプリント狙いだなとわかりました。ただ自分の体も動いていたので、それならばと『よし、わかった。朋樹の土壌で勝負しよう』と、自分が引っ張っていくことにしたんです」

 その言葉通り、山本が先頭を走り、そのすぐ後ろに鈴木という2人の姿は、最後までほとんど変わることはなかった。

最後の最後まで、2人のデッドヒートが繰り広げられた。左から山本、鈴木(撮影:越智貴雄)

「会心のレース」をした山本の勝負強さ

 そして、そのまま終盤の勝負どころである「石畳」の地点を迎えた。ここで先頭に立ったのは鈴木だった。鈴木はそのまま一気にゴールへと向かうつもりでいた。

 ところが、石畳を終え、最後のコーナーをまわった時、右側に目をやると、そこにいると思っていた山本の姿はなかった。すぐに左側に視線を移すと、コーナーの内側から自分を抜き去ろうとする山本の姿があった。

「しまった」
 鈴木がそう思った時には、時すでに遅し。右手を挙げながらゴールテープを切る山本の後ろ姿を、鈴木は見届けることしかできなかった。

最後のコーナーをまわった山本(左)と鈴木(撮影:越智貴雄)

 この最後のデッドヒートに勝利した山本は、「会心のレースだった」と振り返った。
「石畳のところで朋樹がスピードを上げていった時も諦めていませんでした。そしたら、最後の方で朋樹に疲れが見えたんです。そこで自分がスピードを上げて一気にゴールに向かいました。疲れた中でラストスパートの勝負で、若い朋樹に勝てたのは会心のレースでした」

 一方、自信のあったゴールスプリントでの勝負に持ち込みながら、優勝を逃した鈴木は、「悔しいの一言です」と語った。その鈴木のグローブは赤く染まり、レーサーにも赤い点々が残されていた。実はレース序盤から鼻血が止まらず、さらに右の人差し指はすり切れていたのだ。だが、鈴木はそのことを一切言い訳にはしなかった。

「(メインはトラックの中距離種目のため)昨年までマラソンはあくまでも経験を積むためのものと考えていました。でも、2020年に向けて今年はマラソンも勝ちに行くレースをしようと決めていて、今大会はその第一歩だったのですが、フィジカルの部分で自分の弱みが出てしまいましたね。昨年11月からトレーナーのもとで新しいトレーニングに取り組んでいて、レースの後半、辛いところからさらにもうひと踏ん張りできる体作りをしています。その成果は感じてきてはいるのですが、まだ完全ではないだけに、今日は山本さんに抜かれてからのもうひと踏ん張りができませんでした」

 山本はというと、昨年11月のレースで転倒して指を骨折し、思うような練習はできなかったという。それでも12月後半から本格的にトレーニングを始め、今年1月のドバイでのレースでは今回のような「逃げ切り」で優勝争いができたことで手応えを感じていたことが、今回の積極さを生み出していた。

 前回は渡辺勝(凸版印刷)が優勝し、鈴木が3位と、20代の若手2人が表彰台に上がったことで、「世代交代」のムードが一気に高まった。だが、それを押しのけ、ベテランの意地を見せた山本。51歳にして、なおも国内トップを走り続ける山本の「勝負強さ」はまだまだ健在である。

(文・斎藤寿子)

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